風立ちぬ 金曜ロードショー 初放送 2月20日 ノーカット

風立ちぬ 金曜ロードショー 初放送 2月20日 ノーカットについて。
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いよいよ、「風立ちぬ」が2月20日の金曜ロードショーで、TV地上波初放送されますね!

しかも、うれしい事になんとノーカット!(40分拡大延長)

ジブリアニメの「金曜ロードショー」放送は、同じ映画を何回やっても、常にかなりの高視聴率を維持しているので
今回の「風立ちぬ」初放送が、どのくらいの視聴率を取れるのか?

興味深い所です。

個人的には、風立ちぬを観ていなかった人が、あの庵野カントクの棒読み二郎を、どう感じるか?
に興味シンシンですけどw
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しかしまあ、この風立ちぬに関しては、ラピュタの「バルス」や
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カリオストロの城の「あなたの心です」のような「名ゼリフ」はないので
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ツイッターの盛り上がりには多少欠けるかもしれませんね。

でもテレビドラマ版「永遠のゼロ」も放映になったばかりですし
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ゼロ戦への興味が、風立ちぬ地上波初放送に少なからず影響を与えるかもしれません。
堀越二郎氏への関心も、再燃するかも?
零戦と堀越二郎 (別冊宝島 2024)

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宮崎駿 ついに 引退 風立ちぬ 遺作 に ベネチア映画祭で発表

宮崎駿 ついに 引退 風立ちぬ 遺作 に ベネチア映画祭で発表


宮崎駿監督が、今回の「風立ちぬ」をもって引退すると、ベネチア国際映画祭でスタジオジブリの星野社長が正式に発表しました。


9月6日の監督自身が東京都内で記者会見を行うそうです。


前々から噂はありましたし、「風立ちぬ」自体が遺作(というか集大成的な作品)である事から、予測はしておりましたが…



ちょっと残念ではありますが、致し方ありません。
宮崎駿監督、お疲れさまでした!



posted by トトロ at 21:01 | Comment(0) | 宮崎駿 スタジオジブリ 最新作 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

風立ちぬ あらすじ 宮崎駿 スタジオジブリ ストーリー


風立ちぬ あらすじ 宮崎駿 スタジオジブリ ストーリー




風立ちぬ あらすじ


以下は、宮崎駿映画風立ちぬ」のあらすじです。
完全にネタバレしているので、まだ映画を見ていない、という方は、読まない方が賢明かもしれません。


しかし、この映画はそれなりに難解にもかかわらず、時代背景や設定も劇中ではわかりやすく語られていませんから、「映画をより深く理解したい」という場合にはよいかもしれません。映画を見たけどよくわからなかった、という方には特にオススメです。


なお、最後のネタバレ部分はまた別の記事にしておきましたので、その記事だけ読まずに、というのもいいでしょう。


↓それでは、ここから
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風立ちぬ あらすじ



映画の冒頭、フランスの詩人ポール・ヴァレリーの「風立ちぬ、いざ生きめやも」という一説が引用される。

二郎の少年時代


1916年(大正5年)群馬県藤岡市

早朝、一面美しい水田が広がる田園風景の中に点在する家々。
蚊帳の中で、妹と共にまだ眠りにつく、坊主頭の少年。


本作の主人公・堀越二郎


二郎が見ている夢の中へ。屋根を登っていく二郎。てっぺんに取り付けた、鳥のようなフォルムの自作の飛行機に乗り込み、空へと飛び上がる二郎少年。田畑や川を抜け、橋をくぐり、紡績工場の上空を颯爽と飛び回る。多くの人が彼に向かって手を振っている。しかし遠くの雲の中から収縮しながら無数の黒い不気味な飛行物体が現れ、その背後から巨大でいかめしいデザインの飛行船がゆっくりと姿を現す。二郎少年はその飛行船をしかと見定めようとするが(夢の中なのに)近眼の彼はゴーグルを外して眼鏡をかけるタイミングを失い、その間に飛行物体のひとつが彼の飛行機に激突、大破する。残骸と共にみるみる墜落する二郎少年だが、そこで目が覚めた。寝床の中で、自分の近眼をあらためて恨めしく思う二郎



小学校に通う二郎は、勤勉で飛行機好きな少年だった。飛行機の事を知るためなら、図書館で「兄の辞書を借りますから」と言って英語の飛行機雑誌を借りてくる。そして下級生が大勢の上級生からいじめられている場面を見ると、即座に駆けつけいじめっ子を投げ飛ばす正義感の強さも持っていた。



二郎の母はそんな二郎を「ケンカは、なりませんよ」とたしなめつつも、温かく見守っていた。そして妹の加代はいつも「にぃにぃ様、にぃにぃ様」と二郎にまとわりついている。加代は二郎の部屋にまで上がり込み、二郎の持って帰った海外の飛行機雑誌に載っていた「変なヒゲの外人」の顔を見てからかうが、それこそが堀越二郎が最も尊敬する、イタリアの著名な航空機設計者、ジャン・カプローニ伯爵だった。


二郎は少しでも近眼を直すため、夜、屋根に登って星空をじっと見ていたが、そこにまで加代がまとわりついてきた。加代は「あ、流れ星」と夜空を指さすが、近眼の二郎には悲しいかな、よく見えない。


しかし二郎はそこで突然夢の中に入り込む。風が吹く広大な草原の低い場所を、多くの飛行機がゆっくりと飛んでいる。その中の一機から、外国人らしき男が「君はなぜここにいるのか」と話しかけてくる。二郎「僕の夢の中だと思います」飛行機を降りた黒い背広でヒゲの男「日本の少年、ここは私の夢の中の筈だが…そうすると夢と夢がくっついたのか?」「あなたはジャン・カプローニ伯爵ですね。会えてうれしいです」握手を交わす二人。カプローニによると、飛んでいる飛行機はすべて爆撃機で、戦争のため敵の町を爆撃に行くが、半分も戻ってこないそうだ。


「だが、戦争はじき終わる」こともなげに言うカプローニ。戦後に活躍するはずの巨大旅客機に二郎を乗せ、案内する。まわりも乗客を満載した様々な形の巨大旅客機が飛んでいる。二郎は「近眼で飛行機の操縦ができない自分でも、飛行機の設計はできますか」と問う。だがカプローニは「私も飛行機の操縦はできない。私は飛行機を造る人間・設計家だ!いいかね日本の少年よ。飛行機は戦争の道具でも商売の手立てでもなく、それ自体が美しい夢なのだ。設計家は夢にカタチを与えるのだ!」


目覚めた二郎は、優しく見守っていた母に「母さん、僕は飛行機の設計家になります」と、はっきりと見定めた人生の目標を告げた。

菜穂子との出会い 関東大震災


1923年(大正12年)関東地方へ向かう列車の中〜上野付近

時は過ぎ、二郎は東京の大学に入学していた。帰省していた実家から東京へ向かう列車の中。座っていた三等車の座席を立っていた人に譲り、デッキでタバコを一服する二郎の帽子が風に取られる。女中らしき女性と一緒にいた少女が思わずそれをつかまえようとして身を乗り出す。支える二郎。礼を言う二郎に美しい少女が、ポール・ヴァレリーの詩の一節「風立ちぬ」を引用する。応える二郎。女中が頭を下げて二等客車に戻っていった。




突然、大地がうなりを上げる。「うおおおぉーーーーーん」すべての地面がまるで蛇のように激しくうねり、あたりの家々がみるみる崩れ去っていく。「地震だ!」列車は急停止する。誰かが「機関車が爆発するぞ−!」と叫ぶ。次々と線路に降りていく乗客たち。二郎はあの二人の姿を探す。すると「お絹」という女中の方が足を押さえてうずくまっていた。骨折しているようだ。「置いて逃げてください」と言うが、二郎はすばやく足に計算尺を縛り付けて応急処置をほどこした。少女に聞くと上野の実家に帰るところだと言うので、お絹をおぶって送るという二郎


砂利敷きの線路の上を人ひとりをおぶって歩くのは並大抵ではない。つまずいて転ぶ二郎。すまながるお絹。低い場所からは次々に火の手が上がり始めた。なんとか高台の神社に逃げ延びる三人。二郎は新品のシャツに井戸の水を含ませて二人に飲ませる。お絹をおぶったまま上野まで移動は無理と見て、大混乱の中、二郎と少女は応援を呼びに上野の実家へ向かう。少女が実家の前で帰りを待つ家人を見つけるのを見届けると、家人数人と共にお絹の元へとって返した。「では、よろしく」家人たちにお絹を託すと、名前も告げず、あっさりとその場を立ち去る。


二郎は本郷の大学校舎(旧・東京帝国大学工学部航空学科)へ向かった。大学では同じ航空学科の本庄が、運び出した本の山の前で座り込んでいた。「東京壊滅だ」そんな時なのに、再びカプローニ二郎の白昼夢に現れる。「日本の少年よ!まだ風は吹いているか!」「はい、大風です!」
カプローニ「では、生きねばならん!」

復興する東京


1925年(大正14年)隅田川、深川、浅草

あの大震災から2年後。東京もようやく復興しつつあり、あちこちから槌音が聞こえてきていた。二郎たちのいた航空学科は校舎が炎上したので、隅田川沿いに移転していた。一心不乱に図面を引く二郎を、本庄が昼飯に誘う。めし屋では、サバ味噌煮ばかり食べる二郎本庄は「マンネリズムだ」と小馬鹿にするが、二郎は「骨の曲線が美しいだろう」と、うっとり眺める。本庄は何かにつけ海外と日本を比較し、遅れている日本にいらだっているようだった。



学校に戻ると用務員が、ついさっき若い女性が二郎あてにこれを届けた、と風呂敷を差し出す。中を開けると真っ白い新品のシャツと計算尺、手紙が。二郎はあわてて追いかけるがもういない。届けたのは2年前の地震の時、混乱の中で二郎が助けたお絹だった。


下宿に戻ると、自分を訪ねてきた若い女性のお客が、今部屋で待っていると言われる。胸をときめかせた二郎だが、待っていたのは上京してきた妹の加代だった。あらかじめ来ると言われていたのに、二郎が忘れていたのだ。「にぃにぃのバカ、薄情者!」と文句を言われる。歩いて加代を送りながら、2年前の事を話す。あの後二郎は一度だけ少女とお絹のお屋敷を訪ねたが、きれいさっぱり焼け野原になっていた。隅田川の「一銭蒸気(渡し船)」に乗り、「将来は大学に行って医者になりたい」と夢を語る加代



三菱内燃機へ入社


1927年(昭和2年)名古屋

二郎は大学を無事卒業し、飛行機の設計にたずさわるため、本社が名古屋にある「三菱内燃機株式会社」に就職内定していた。東京から名古屋に向かう途中の列車から、大勢の人たちが線路上を名古屋に向かって歩いて行くのと遭遇する。名古屋駅では一足先に同じ会社に就職した本庄が迎えに来ていた。日本は金融恐慌の只中にあった。街には大勢の職を求める人たちが行き交い、銀行は取り付け騒ぎで人々が押し寄せていた。本庄「世の中不景気だ。俺たちの行く会社も不景気だぞ」



海沿いの木造社屋だけの三菱内燃機に到着する二郎本庄。上司の黒川は「今4月だぞ、来るのが遅い!」とさっそく文句をたれる。入社早々の二郎に飛行機の主翼の取り付け金具の設計を命じる。課の上司たちに新人ながら「噂の英才」として紹介される二郎には、「誰も使わなかった」輸入物の製図机が割り当てられる。すぐに仕事に取りかかる二郎だが、自分の取り付け金具では、飛行機が墜落するイメージしか湧かない。昼飯に誘う本庄に、「組み立て工場を自分で直接見たい」という二郎。しかし製作中の実機にはすでに金具は取り付けられていた。黒川の新人シゴキだ。「堅実な設計だ」という本庄二郎は「これではダメだ。僕の考えたのと一緒だ」「しかし…飛行機はおもしろいなぁ!」



午後、一心不乱に図面を引いていた二郎の所に、設計課長の服部黒川をたずさえてやってきた。上司が来たのにも気づかない二郎だったが、命令された仕事以上の「新しい革新的アイデア」の図面を見せ、熱心に服部に説明する。黒川は「それでは主翼自体の設計改変になる。時間のムダだ!」しかし命令された仕事はすでにできあがっており中身も完璧、服部は図面に引かれた線の美しさに感服する。黒川はくやしまぎれに「できた仕事はすぐに出す事!」と小言を。


工場の隣では牛を飼っていた。完成した飛行機を各務原の飛行場まで運ぶのに、牛車を使うためだ。
本庄は「おそるべき後進性だよ」と嘆く。

隼(はやぶさ)テスト飛行


1928年(昭和3年)名古屋 各務原

そして二郎たち設計課の努力を結集した「」のテスト飛行の日がやってきた。陸軍のお偉方が大勢視察に来ている中、二郎はスピードを計測するが、目的の速度には足りない。再度、動力降下(自由落下ではなく動力を動かしながら加速落下する)で時速400キロに挑戦する。うなりを上げて軋む機体。しかしついに限界を超え、二郎たちの目の前でバラバラに空中分解を起こす。パイロットは落下傘脱出して無事だったが、テスト飛行は失敗に終わった。



降りしきる雨の中で傘もささずに、の残骸を拾い集める黒川。「空中分解の原因が取り付け金具だと思うか」と問う黒川に対し、二郎は「原因はもっと深いと思います。今日、自分は深い感銘を受けました…戻って二号機を作りましょう」しかし黒川は「陸軍の戦闘機は別のメーカーにすでに内定していた。今日のテスト飛行はそれをひっくり返す1回きりのチャンスだったのだ…」そしてドイツ・ユンカース社の爆撃機を下請けする事になるから、視察に二郎を推薦しておいた、と。「ドイツを見ておけ」


電車で帰宅していた二郎は、いつもの駄菓子屋で「シベリア(カステラのような菓子)」を二つ買う。店の前で帰宅の遅い親の帰りを待ってじっと立っている三人の幼い兄弟。二郎はその子らに「食べなさい」とシベリアを差し出すが、兄弟は逃げるように行ってしまう。下宿に本庄がやってきた。彼は貧しい兄弟に菓子を差し出す二郎の行為を「偽善だ。その子がお前に礼でも言うと思ったか?腹を減らしている子供なんかいくらでもいる。俺たちがやっている飛行機の開発に消える金で、日本中の子供たちに天丼とシベリアを毎日食わせて、まだお釣りが来るんだ…それでも俺は与えられたチャンスを無駄にしない」本庄もドイツ視察に同行する事が決まっていた。

ドイツ視察へ


1929年(昭和4年)ロシア経由でドイツ・デッソウへ

視察に訪れたユンカース社の巨大飛行機製造工場は、何もかもが「近代的」で二郎たちを圧倒していた。そして正式な視察団に対し「東洋人が技術を盗みに来た」というドイツ側の不信感から、工場内で制約を受ける。工場の隅っこにあった小さな飛行機に美しさを感じ、感銘を受ける二郎だったが、それすら見せようとしない衛兵らに対し淡々と抗議する二郎。しかしユンカース社長の取り計らいで、巨大爆撃機G-38の飛行に同乗させてもらえる事に。機内では、まさにドイツ工業技術の粋を集めたメカニックの数々に興奮する視察団。



夜、ホテルに戻った二郎たち。日本にはない暖房器具が完備された部屋で、工業技術の「20年の差」にいらだつ本庄。「俺たちは20年の差を5年で縮める。いつか追いつき、追い越してやる」外気に当たろうと外に出た二郎たちの目の前を、ドイツ秘密警察に追われているらしい男が走り抜ける。昼間格納庫にいた男だ。ドイツの街はナチスの台頭により不穏な空気に満ちていた。



再び二郎は夢の中にいた。雪の平原に列車が走っている。乗り込もうとする二郎だが、上空から日の丸をつけた巨大な爆撃機が墜落していく。
本庄がホテルの部屋で辞令を聞く。本庄たち数名を残して帰国。二郎のみ、西廻りでヨーロッパ視察継続。二郎には世界を見てくる使命が課せられた。


雪原を走る列車の中で二郎の夢の中に現れるカプローニ。「まだ風は吹いているかね?では、私の引退飛行に招待しよう」列車を飛び降りる二人だが、雪は消え草原が広がり、さまざまな形の巨大旅客機の中から職工の家族や親戚、陽気なイタリア娘が手を振っていた。無理矢理飛行機に引っ張り込まれる二郎。羽の上で会話する二人。二郎「我々の国は貧乏です」カプローニ「設計に必要なのはセンスだ。技術はその後についてくる…貧乏なのは我が国も同じだ。子だくさんだしな…」



カプローニ「空を飛びたいという人類の夢は、呪われた夢でもある。飛行機は殺戮と破壊の道具になる宿命を背負っているのだ…」二郎「僕は美しい飛行機を造りたいと思っています」その時空の彼方から二郎の夢見る「ゼロ」が流線型のフォルムをまとわせて飛んできた。カプローニ「ウム、いい感じだ」二郎「まだまだです。エンジンもコクピットも形になってません」



カプローニ「創造的人生の持ち時間は10年だ…君の10年を、力を尽くして生きなさい」

七試 設計主務者へ


1932年(昭和7年)

時は流れて3年後、二郎はある日黒川に近くの喫茶店に呼び出される。待っていた服部から出された辞令は、七試(新型の艦上戦闘機)の設計主務者への任命だった。二郎は海軍からの要求の多大さに懸念を表明しつつ、この大抜擢を受ける事に。スタッフに本庄をもらえないかと頼むが黒川から「友情を失うぞ」と止められる。



後日、二郎黒川十三式艦上攻撃機で日本海軍の空母・鳳翔への視察に。大量のオイルと黒煙をまき散らしてようやく空母に着陸するオンボロ複葉機。空母からの離陸はエンジンすらまともに動かず、ほとんど海の藻屑に。この時代はまだ、日本の兵器技術の遅れぶりはどうしようもなかった。



七試、テスト飛行


1933年(昭和8年)

二郎の設計した七試艦上戦闘機が完成し、いよいよテスト飛行の日がやってきた。多くの人力で飛行場へ運ばれてきた七試。しかしその機体はズングリムックリ、美しさのカケラもない不格好な機体であった。エンジンがうなりを上げ、飛び立っていく七試。喜びに沸く社員たちであったが…




二郎、軽井沢へ 菜穂子と再会する


美しい山間を登ってゆく列車。険しい谷に掛けられたレンガ造りの陸橋を通り抜け、避暑地・軽井沢へ。緑の森の小径を歩く二郎。森の外れの草原で、キャンバスに油絵を描いているひとりの女性が目にとまる。女性が二郎の向かいから歩いてきた父らしき年配男性に声をかける。



その時、ふいに風が立った。



女性の日よけパラソルが風に飛ばされる。二郎があわてて飛ばされたパラソルをつかまえる。女性は「ブラボー!ナイスキャッチ!」パラソルを父親に渡す二郎。父が礼を言うとさっと立ち去る。女性は二郎に失礼な事を言ったのかと心配するが、父は同じホテルだからお礼を言う機会もあるよと娘に。



ホテルの部屋でひとり回想する二郎。七試のテスト飛行は機体が耐えきれずにバラバラに空中分解した。失敗だった。残骸の前で呆然と立ち尽くしていた。


夜、ホテルのレストランでひとり食事する二郎。あの親子も席につく。二郎が娘に気づき、お互いに目で会釈した。となりに妙な雰囲気の白人男性が、山のようなクレソンをもりもり食べている。



翌日、森に女性の姿を探す二郎。キャンバスがあるが女性はいない。森の奥へと進むと、小さな泉の前でひとり祈っている姿が。女性が振り返り歩いてきた二郎が軽く会釈すると、なぜか急に感極まった表情になり、またくるりと泉の方を向いてしまった。二郎は何かまずいのかと思い、戻ります、と言うと女性は「行かないで…今、泉にお礼を申しましたの。あなたがここに来るように毎日祈っていたんです。少しもお変わりなく…地震の時に助けていただいた、里見菜穂子と申します」ようやく気づいた二郎があわてて「堀越二郎です!」と。



急ににわか雨が降り出し、ひとつのパラソルでずぶ濡れになりながら歩く二郎菜穂子。あの時助けた女中のお絹が二郎の居所を知ったのは、お絹が嫁に行く2日前だった事。二郎は自分とお絹の「王子様」だった事、お絹が二人目の赤ちゃんを産んだ事などをうれしそうに話す菜穂子


通り雨がやんだ。虹が出ていた。傘を持った菜穂子の父が迎えに来た。二郎を父に紹介する菜穂子


夜、ホテルのレストランで人待ちの様子の二郎。落ち尽きなくタバコを吹かす二郎にクレソンをドカ食いしていたあの白人男性が話しかける。「ドイツのタバコ、これ最後。悲しい」そして男性は二郎が航空機の設計者である事を言い当てる。急に「ユンカース博士はナチスと敵対している。追われる」とドイツの内部事情を。「ここはいい所です。まるで『魔の山』。忘れるには良いところ」と、急にトーマス・マンを引用する。

「日本はチャイナと戦争したり、満州国を作ったり、国際連盟を脱退したり、すべて忘れる。破裂する。ドイツも破裂する」この男は何か諜報活動をやっている人物なのか?



すると菜穂子の父がやってきて「菜穂子の体調がよろしくなく…すまないが会食のお約束はキャンセルさせてください」と。せわしない調子でもどっていく父。
夜、ホテルの菜穂子の部屋だけに灯りがともり、看護婦があわただしく廊下を走り抜けるのが見えた。何かただ事ならぬ雰囲気。



翌日、二郎菜穂子の部屋が見えるバルコニーでたわむれに紙飛行機をつくる。あやまって隣の部屋の庇に乗ってしまい、取ろうとしてバルコニーに脚を掛けたところに、不意に姿を見せた菜穂子と目が会う。「…次郎さん?」その時足下の木が砕け、二郎は落ちそうになるがセーフ。二郎菜穂子のいるバルコニーに落ちた紙飛行機を自分の所に飛ばせ、とジェスチャー。意図を理解した菜穂子は紙飛行機を飛ばすが、下を通りかかったあの白人男性が「ナイスキャッチ」してしまう。



その日から、二郎菜穂子の紙飛行機を介した、バルコニー越しの奇妙な交流が始まった。毎日二郎が作る紙飛行機を、菜穂子も心底楽しみにしていた。二郎菜穂子も心からの笑顔だった。あの白人男性も微笑ましく見守っていた。


ある日の夜、レストランでカストルプというあの白人男性が歌を披露する。合わせて歌う、二郎菜穂子の父。父によると菜穂子の体調も戻ったようだ。カストルプは「この若者も来た時は打ちひしがれていたが、今は見違えるようだ。恋、したから」それをあっさり認める二郎。そして父に、菜穂子との交際を正式に認めてくださいと申し込む。とまどう父だったが、急にその場に現れた菜穂子は「その話をお受けしたいと思います」と。その上で続ける。「私の母は2年前に結核でこの世を去り、私も同じ病です」二郎はそんな事は意に介さない、といった口調で「あなたを愛しています…僕と結婚してください」「はい、でもその前にきっと病気を治します。それまで待っていただけますか」カストルプ菜穂子の父に祝福の言葉を述べる。



二郎、公安に追われる


名古屋の会社に戻った二郎。同期の本庄八試特殊偵察機を開発中だった。機体を見た二郎は「これは飛ぶよ。風が立ってる。本庄は日本の20年を一気に縮めた…僕のアイデアを使わないか?」と機体の空気抵抗軽減の設計図を渡すが、本庄は今は使わない、二郎が次の機体を作ったらその時使わせてもらう、と。



すると急に黒川二郎をどやしつけて連れ出す。公安が二郎を探しているから身を隠せ、との事。二郎は身に覚えがない、と言うが、別の場所にかくまわれて仕事道具も持ち込まれる。夜、服部黒川と一緒に車の後部座席に詰め込まれて脱出する二郎。婚約者からの手紙が来るから下宿に帰らせろ、と言うが下宿こそ見張られている、という事で黒川の家の離れに落ち着く事に。軽井沢を離れる時、自動車で疾走していったカストルプは追われているようだった。彼の身を案じる二郎



黒川邸の離れでカンヅメになり仕事に没頭していた二郎だが、ある日、黒川から知らせがあり、下宿に電報が届いているようだった。文面は「ナオコ カッケツ菜穂子喀血した・血を吐いた)」呆然として電話を置く二郎黒川夫人に一番早く東京へ行く方法を聞き、列車に乗り込む。車内でも計算尺で仕事を続ける二郎だったが、紙の上に涙がこぼれ落ちる。明日は大事な重要会議があり、仕事を途切れさせるわけにはいかないのだ。



東京に着いたときには夜になっていた。菜穂子の屋敷に着いた二郎は、待ちきれずに庭から家に入り込み、灯りがついた菜穂子の部屋を見つけると、寝ていた菜穂子二郎を見つける。「あなた!」倒れ込むように抱き合うふたり。口づけを交わす。菜穂子「(結核が)うつります…」二郎「愛してる…」

帰宅した父が菜穂子の部屋へ。菜穂子は、次郎さんが来てくれたが、すぐ東京に戻らなければならない、と言う。二郎は「次は明るい時分に玄関から来ます」と。しかし菜穂子は「お庭からの方がうれしいわ」帰り際に父に聞いた菜穂子の病状はかなり深刻なもののようだ。二郎が帰った後、菜穂子は、一日も早く回復するため、高原の結核療養所に入る決意を父に打ち明ける。


翌日の会社役員、軍関係者へのプレゼンはとりあえず間に合った。夜、若手の研究者を集めた研究会は大いに盛りあがり、二郎は引き込み脚などの最新技術を採用して時速500キロを叩き出す戦闘機の構想をぶち上げる。さらに軽量化を極めるために平山技師から「沈頭鋲」の採用が提案される。



菜穂子二郎の元へ


1934年(昭和9年)

高原に立つ結核療養所。患者たちは清浄な空気を吸い込むのが良いとされた結核治療のため、寒い屋外にベッドを並べ、厚着をして寝袋にくるまって芋虫のような姿をさらしていた。その中のひとり、菜穂子の元に二郎からの手紙が届く。寝袋の中で文面を読んで感極まる菜穂子

>映画「風立ちぬ」に登場する結核治療。菜穂子が高原の療養所で屋外にベッドを並べて寝袋にくるまっているのはなぜ?


ある朝、一面の雪景色の中、身支度をした菜穂子はひとり結核療養所を抜け出した。



名古屋の仕事場で連絡をもらう二郎。名古屋駅に菜穂子が来る。ホームに入ってくる列車。行き交う人波をかき分け、ふたりはお互いの姿を探す。やがて見つけ、抱き合う二人。二郎は「帰らないで…ここでふたりで暮らそう」と黒川の家で暮らす事を提案する。


二郎菜穂子黒川と夫人が待つ家へ。「まぁ、かわいいお連れさん」とひと目で菜穂子を気に入る夫人。二郎黒川に、ここで一緒に暮らすために離れを貸してほしいと申し出る。黒川は「結婚前の男女がひとつ屋根に住むなどまかりならん!」と言うが、二郎は「今すぐ結婚します。仲人をお願いします」とびっくり提案。菜穂子も、父親も了承済みで病院にも連絡した、と言う。夫人は「あなた、いいじゃありませんか…そうと決まればすぐに支度を」と勝手にドンドン話を進める。


二人きりで向かい合った二郎黒川黒川は「彼女の体を考えたら、一刻も早く山へ戻さないといけないぞ」と問い詰めるが、二郎は「私が付き添えればいいのですが、飛行機をやめなければいけません。それはできません」「君のエゴイズムじゃないのか!」「僕たちには時間がないのです…覚悟しています」




黒川夫妻だけが立ち会う婚礼の儀が始まった。古いしきたりに沿ったものだ。黒川夫人が新婦を先導し、新郎の待つ部屋の前で口上を述べる。中にいる仲人の黒川がそれに応えると、ふすまを開けて菜穂子が姿を現す。花嫁衣装でもなく質素だが、髪には一輪の花が飾られた。二郎「きれいだよ…」こうして二郎菜穂子の夫婦の契りは終わった。菜穂子は「黒川様…奥様…身ひとつの私どもへの温かい思いやり…お礼の言葉もございません」深々と黒川夫妻に頭を下げる堀越夫妻。黒川も思わず涙。



離れに寝ている菜穂子二郎は、今日は疲れただろうからゆっくりお休み、と気づかう。しかし、菜穂子は「…きて」と床に誘う」灯りが消える。


ある日、黒川邸を二郎の妹の加代が訪ねるが、二郎はまたもや加代の来訪を忘れていた。黒川夫妻も寝てしまった深夜にやっと帰宅した二郎に加代は文句たらたら。そして加代は医者になった報告、二郎に結婚おめでとうを言うが、急に向き直り「にぃにぃは菜穂子さんをあそこに閉じ込めてどうするの?私も医者の卵だからわかる。考えてるよりずっと重いのよ…私、菜穂子さん大好き…」大泣きする加代。しかし二郎は「僕らは今、一日一日をとても大切に生きているんだよ…」


離れに帰る二郎。寝ていた菜穂子が起きだし、「加代さんと仲良くなっちゃった…未来がいっぱい詰まったお日様みたいな人ね」と。横になった菜穂子の横で仕事を続ける二郎菜穂子にせがまれ、左手を菜穂子とつないだままで図面を引く。菜穂子「仕事している次郎さんを見るのが一番好き…」


二郎は会社でゼロ戦の原型となる「九試」の制作を進めていた。逆ガルウイング翼、沈頭鋲を採用したスマートで美しい機体だ。今までの技術の総決算のような九試に本庄は「アバンギャルドだな」と。しかしその本庄は九試中型陸攻(後の九六式陸上攻撃機)という未完成な爆撃機の胴体のみという仕事をやらされていた。海軍では初めてまともに飛ぶ飛行機と軍は有頂天になっていたが、物資不足の中で、ムキ出しの爆弾を抱えて3000キロを飛ぶため装甲も薄く、被弾を受けるとあっという間に火だるまになる空飛ぶ棺桶だ。だが、この時の日本は世界の列強をほとんどすべて敵にしていた。背伸びせざるをえなかったのだ。



二郎は寝る間も惜しんで九試の完成を急いだ。やがてその朝がやって来た。連続徹夜明けの疲れた体で菜穂子の寝ている離れに帰る二郎。「終わったよ…後は飛ばすだけだ。牛に引かれて飛行場に行った…向こうに何日か泊まり込みになりそうだ」菜穂子「お疲れさま。きっとちゃんと飛びますよ…」そのまま菜穂子の布団に包み込まれる二郎菜穂子が眼鏡をそっと外して枕元に置く。


いよいよ九試のテスト飛行の朝、「ご成功を」と菜穂子二郎に、まるで出征兵士を送り出すように声を掛ける。軽い口づけを交わし、二郎は出ていった。悲しげに見送る菜穂子
台所で使用人たちと朝の支度をしていた黒川夫人のもとに、きっちりと身支度をして現れた菜穂子。「今朝は気分が良いのでちょっと散歩してきます」と告げ、黒川邸を出る。


彼女はどこへ向かったのか?


↓続き


>風立ちぬ ネタバレ 結末 宮崎駿 スタジオジブリ



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↑ここまで


※以下はネット記事から引用
戦争の足音が近づく中、設計した戦闘機が試験飛行中に墜落し、失意に陥った堀越二郎は、避暑地の軽井沢で里見菜穂子と運命的な再会を果たす。菜穂子は十年前の関東大震災の折に、二郎と同じ汽車に乗り合わせた少女だった。
二人はたちまち恋に落ち、婚約するが、菜穂子は結核を患っていた。「美しい飛行機」を作ろうと、ゼロ戦の設計を進める二郎。一方、自分の命が残り少ないことを悟った菜穂子は療養所を抜け出し、二郎の元に駆けつける。二郎の上司夫妻の仲人で祝言を挙げた二人は、限られた時間を精いっぱい生きようとする・・・。

実在の人物がモデルとなるのは、スタジオジブリの長編作品では初めて。また、宮崎作品はこれまで三、四日の間に起きた出来事の話が多かったが、今作は主人公の約三十年にわたる半生を取り上げた。宮崎アニメの魅力の一つである空のシーンは多いが、派手な戦闘場面などはない。
その代わりに、過去の子供向け作品にはなかった大人の恋愛が描かれている。



スタジオジブリ宮崎駿監督の最新作風立ちぬ」の試写会に行ってまいります!
最短で2013年の7月4日に、この記事で「風立ちぬ」のあらすじを報告できるかと思います。

当たればねw

さて、各上映劇場に「風立ちぬ」のポスターが並び始めています。
風立ちぬ

申し込んだ劇場に置いてあった「風立ちぬ」のチラシ。
風立ちぬ

風立ちぬ


「風立ちぬ」のあらすじや物語の中身・雰囲気は、宮崎駿自身が書いた企画書で、かなり伺い知る事ができますので、以下に全文掲載します。

※以下、「風立ちぬ」企画書から引用
企画書
飛行機は美しい夢

ゼロ戦の設計者堀越二郎とイタリアの先輩ジャンニ・カプローニとの同じ志を持つ者の時空を越えた友情。
いくたびもの挫折をこえて少年の日の夢にむかい力を尽くすふたり。
大正時代、田舎に育ったひとりの少年が飛行機の設計者になろうと決意する。
美しい風のような飛行機を造りたいと夢見る。

やがて少年は東京の大学に進み、大軍需産業のエリート技師となって才能を開花させ、ついに航空史にのこる美しい機体を造りあげるに至る。三菱A6M1、後の海軍零式艦上戦闘機いわゆるゼロ戦である。1940年から三年間、ゼロ戦は世界に傑出した戦闘機で会った。

少年期から青年期へ、私達の主人公が生きた時代は今日の日本にただよう閉塞感のもっと激しい時代だった。関東大震災、失業、貧困と結核、革命とファシズム、言論弾圧と戦争に次ぐ戦争、一方大衆文化が開花し、モダニズムとニヒリズム、享楽主義が横行した。詩人は旅に病み死んでいく時代だった。

私達の主人公が飛行機設計にたずさわった時代は、日本帝国が破滅にむかってつき進み、ついに崩壊する過程であった。しかし、この映画は戦争を糾弾しようというものではない。ゼロ戦の優秀さで日本の若者を鼓舞しようというものでもない。本当は民間機を作りたかったなどとかばう心算もない。

自分の夢に忠実にまっすぐ進んだ人物を描きたいのである。夢は狂気もはらむ、その毒もかくしてはならない。美しすぎるものへの憧れは、人生の罠でもある。美に傾く代償は少なくない。二郎はズタズタにひきさかれ、挫折し、設計者人生をたちきられる。それにもかかわらず、二郎は独創性と才能において最も抜きんでていた人間である。それを描こうというのである。

この作品の題名「風立ちぬ」は堀辰雄の同名小説に由来する。ポール・ヴァレリーの詩の一節を堀辰雄は、”風立ちぬ、いざ生きめやも”と訳した。この映画は実在した堀越二郎と同時代に生きた堀辰雄をごちゃまぜにして、ひとりの主人公”二郎”に仕立てている。後に神話と化したゼロ戦の誕生をたて糸に、青年技師二郎と美しい薄幸の少女菜穂子との出会いと別れを横糸に、カプローニおじさんが時空を越えた彩りをそえて、完全なフィクションとして1930年の青春を描く、異色の作品である。


映像についての覚書

大正から昭和前期にかけて、みどりの多い日本の風土を最大限美しく描きたい。空はまだ濁らずに白雲生じ、水は澄み、田園にはゴミひとつ落ちていなかった。一方、町はまずしかった。建築物についてセピアにくすませたくない、モダニズムの東アジア的色彩の反乱をあえてする。道はでこぼこ、看板は無秩序に立ちならび、木の電柱が乱立している。

少年期から青年期、そして中年期へと一種評伝としてのフィルムを作らなければならないが、設計者の日常は地味そのものであろう。観客の混乱を最小限に留めつつ、大胆な時間のカットはやむを得ない。三つのタイプの映像がおりなす映画になると思う。
日常生活は、地味な描写の積みかさねになる。
夢の中は、もっとも自由な空間であり、官能的になる。時刻も天候もゆらぎ、大地は波立ち、飛行する物体はゆったりと浮遊する。カプローニと二郎の狂的な変質をあらわすだろう。

技術的な解説や会議のカリカチュア化。航空技術のうんちくは描きたくはないが、やむを得ないときはおもいっきり漫画にする。この種の映画に会議のシーンが多いのは日本映画の宿痾である。個人の運命が会議によって決められるのだ。この作品に会議のシーンはない。やむを得ない時はおもいきってマンガにする。セリフなども省略する。描かねばならないのは個人である。

リアルに
幻想的に
時にマンガに
全体には美しい映画をつくろうと思う

2011.1.10 宮崎駿



↓それでは、宮崎駿の映画「風立ちぬ」をネタバレします!
>風立ちぬ ネタバレ 結末 宮崎駿 スタジオジブリ
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映画「風立ちぬ」に登場する戦前の結核治療。菜穂子が高原の療養所で屋外にベッドを並べて寝袋にくるまっているのはなぜ?


●関連記事 ※この記事は以下のページに移動しました
>映画「風立ちぬ」に登場する結核治療。菜穂子が高原の療養所で屋外にベッドを並べて寝袋にくるまっているのはなぜ?



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風立ちぬ ネタバレ 結末 宮崎駿 スタジオジブリ

風立ちぬ ネタバレ 結末 宮崎駿 スタジオジブリ

スタジオジブリ宮崎駿の「遺作」とも言われる「風立ちぬ」は
実在するゼロ戦設計者・堀越二郎の自伝(ノンフィクション)と
同時代の作家・堀辰雄の小説「風立ちぬ」(フィクション)の二つの要素に
宮崎駿の内部に宿る「飛行機マニア」の要素を重ね合わせて、紡ぎ出した映画です。

風立ちぬ」のネタバレ・結末はどうなるか…


※閲覧注意!完全に「風立ちぬラストシーンネタバレです。

↓ここから
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風立ちぬ ネタバレ 結末


医者として定期的に菜穂子を診ていた加代が、バスの中から歩き去る菜穂子の姿を見つける。
黒川夫人とともにあわただしく離れの部屋に向かうが、そこには菜穂子の荷物はなにひとつなく、きれいに整頓され、机の上に手紙がきっちり三通置かれていた。加代は自分宛の手紙を開封する。「お姉さん!菜穂子さん山へ帰るって!呼び戻してきます!」しかし黒川夫人は「だめよ!追ってはなりません…菜穂子さんが汽車に乗るまで、そっとしておきましょう。」


「美しいところだけ、好きな人に見てもらったのね…」


手紙を握りしめたままで外へ飛び出す加代。しかし立ち止まり、体を震わせて号泣する。


田園を走り抜ける列車の座席に一人座る菜穂子
彼女は死ぬために山へ帰るのだ。



後のゼロ戦の原型となる二郎の九試は、その美しい姿で空を飛び回っていた。テスト飛行は大成功だった。速度は240ノット(約440キロ)に達していた。驚きと歓喜に包まれる服部、黒川、三菱の社員たち。


しかし二郎はその時、まったく別の場所に立った風を感じていた。


パイロットが二郎に握手を求めてきた。「すばらしい飛行機です。ありがとう」



日本、敗戦する


1945年(昭和20年)


空を無数のB-29爆撃機が覆っていた。燃えさかる日本の都市。日本は戦争に負けたのだ。



二郎は夢の中にいた。無数の航空機の残骸の中を歩いていた。
草原に出た。カプローニが立って二郎を出迎えた。
二郎「ここは最初に僕らが会った草原ですね」カプローニ「夢の王国だ…」
二郎「地獄かと思った」カプローニ「似たようなものだな」


カプローニは問う「君の10年はどうだったかね?」
「力は尽くしました…終わりはズタズタでしたが」「国を滅ぼしたんだからなぁ…」

その時、草原の向こうから美しい飛行機の編隊が通り抜けるてゆく「あれかね…君のゼロは」
パイロットたちが次々に敬礼していく。白い機体が空を覆い尽くす。
カプローニ「美しいな。いい仕事だ」二郎「一機も戻ってきませんでした…」


カプローニ「生きて帰りし者なし…飛行機は美しくも呪われた夢だ。大空はみな飲み込んでしまう…」


そしてカプローニが、ずっとここで二郎を待っていた、という人を指さす。


遠くに、白いパラソルを持った女性が立っている。ゆっくりと歩いてくる。


菜穂子だった。


「あなた…生きて…」微笑む菜穂子


その時、風が立った。
菜穂子はまるで風に溶けるように消えさっていく。


二郎「ありがとう…ありがとう…」声を震わせて、菜穂子に最後の別れを告げる。


行ってしまった。今度こそ…本当に。


カプローニ
「君は生きねばならん…
その前に、寄っていかないか?…いいワインがあるんだ」
夢の中の草原を歩き出す二郎カプローニ

ー終ー



↓「風立ちぬ」あらすじはこちら
>風立ちぬ あらすじ
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風立ちぬ 年表 できごと 堀越二郎 堀辰雄 妻 菜穂子 矢野綾子 節子

風立ちぬ 年表 できごと 堀越二郎 堀辰雄 妻 菜穂子 矢野綾子 節子

スタジオジブリ・宮崎駿「風立ちぬ」の「年表」を作ってみました。

・左の欄 年(西暦・和暦)
・左から二番目の欄 ジブリ映画「風立ちぬ」の主人公・二郎の年表
・左から三番目の欄 現実のゼロ戦設計者・堀越二郎の年表(左とダブるものは省略)
・一番右の欄 世界と日本のできごと
西暦(和暦)映画の「二郎」現実の堀越二郎堀辰雄歴史(世界・日本)

1903年
(明治36年)

 群馬県藤岡市に生まれる  
1904年
(明治37年)
  東京都に生まれる日露戦争はじまる
1914年
(大正3年)
   第一次世界大戦はじまる
1916年
(大正5年)
夢の中で自作飛行機で飛び回る
夢の中でカプローニと出会う
   
1917年
(大正6年)
 藤岡中学校 入学東京府立第三中学校 入学 
1921年
(大正10年)
 第一高等学校(現東京大学一・二年に相当)理科甲類 入学第一高等学校理科乙類 入学日英同盟破棄

1923年
(大正12年)

列車の中で里見菜穂子と出会う
関東大震災に遭遇
夢でカプローニ出現

 関東大震災で母を亡くす関東大震災
1924年
(大正13年)
 東京帝国大学工学部航空学科 入学  
1925年
(大正14年)
航空学科の引っ越し
お絹からお礼が届く妹の加代が上京
 東京帝国大学文学部国文科 入学

治安維持法が成立

1927年
(昭和2年)
三菱内燃機株式会社 入社東京帝国大学工学部航空学科 卒業芥川龍之介の氏にショックを受ける金融恐慌おこる
1928年
(昭和3年)
隼型戦闘機、テスト飛行失敗 重症の肋膜炎により休学 
1929年
(昭和4年)
ドイツ・ユンカース社を視察
再びカプローニ出現「君の10年を力を尽くせ」
研修のため翌年までドイツ、イギリス、アメリカへ東京帝国大学文学部国文科 卒業世界大恐慌はじまる
1931年
(昭和6年)
  富士見高原療養所に入院満州事変おこる
1932年
(昭和7年)
七試艦上戦闘機の設計主務者に
十三式艦上攻撃機で空母・鳳翔へ視
  五・一五事件おこる
1933年
(昭和8年)
七試艦上戦闘機、テスト飛行失敗
二郎、軽井沢へ里見菜穂子と再会
カストルプに出会う
二郎、菜穂子に求婚
本庄、八試特殊偵察機設計
菜穂子喀血、二郎、上京し見舞う
九試単座戦闘機の設計主務者に
 軽井沢で矢野綾子(小説「風立ちぬ」のモデル)と出会うドイツでナチス誕生日本が国際連盟を脱退
1934年
(昭和9年)
菜穂子、高原病院を抜け出して二郎のいる名古屋へ
黒川邸にて結婚式
 「美しい村」刊行矢野綾子と婚約 
1935年
(昭和10年)
加代、黒川邸を訪問
菜穂子、ひとりで黒川邸を去る(病院で死去)
九試単座戦闘機テスト飛行成功
 富士見高原病院に綾子と二人で入院
12月、綾子死去
 
1936年
(昭和11年)
 九六式艦上戦闘機制式採用「風立ちぬ」執筆開始二・二六事件おこる 
1937年
(昭和12年)〜1945年(昭和20年)
終戦直後、夢の中でカプローニ、菜穂子と再会十七試艦上戦闘機(烈風)主務者に終戦後、三菱重工業参事に加藤多恵と出会う(翌年結婚し生涯添い遂げる)
「風立ちぬ」刊行「菜穂子」刊行
支那事変始まる
第二次世界大戦はじまる
大東亜戦争はじまる
広島・長崎に原爆投下
日本敗戦
第二次世界大戦終結
1953年
(昭和28年)
  喀血のため死去(享年48歳)昭和27年に日本独立(沖縄除く)
1982年
(昭和57年)
死去(享年77歳)   




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ジブリ 風立ちぬ 二郎と菜穂子の結婚式(婚礼・家入の儀)で、黒川夫妻がのべる口上の内容・意味は?



ジブリ 風立ちぬ 二郎と菜穂子の結婚式(婚礼・家入の儀)で、黒川夫妻がのべる口上の内容・意味は?

名古屋で仕事をする二郎の元に、結核療養所から抜け出した菜穂子が訪れ、そのまま黒川邸で婚礼の儀(結婚式)を上げることになります。

その婚礼の儀に、何か寸劇のように介添人がお互いに口上を述べる場面があります。

これは尾張の風習だろうかと思ったんですが、この口上自体は宮崎駿監督が考えたオリジナルだそうです。しかし一般的な昔の婚礼の儀で、このように口上を述べる風習は、全国各地にあったようです。


では、その内容は以下です。

新婦と、灯りを持った介添人が廊下を進み、新郎と介添人の待つ部屋の正面でまず口上を述べる。
新婦の介添人「申す 七珍万宝投げ捨てて 身ひとつにて山を下りし みめうるわしき乙女なり いかーに」
中にいる新郎の介添人が応える。
新郎の介添人「申す 雨露しのぐ屋根もなく 鈍感愚物のオノコなり それでもよければお入りください」
新婦の介添人「いざ 夫婦の契り 常しなえ」灯りを吹き消し、障子を開けて、新郎の前に新婦をお披露目する。


七珍万宝(しっちんまんぽう)
全財産
身ひとつ
自分の体ひとつ(何も持たずに)
みめうるわしき
美しい(女性限定の表現)
雨露しのぐ屋根もなく
住むところもなく
鈍感愚物のオノコ
鈍感でノロマな男
夫婦の契り(めおとのちぎり)
夫婦の誓い
常しなえ
永遠に



今風の言い方に訳しますと
新婦の付添人「申し上げます。財産もすべて捨て、体ひとつで山を降りてきた美しい乙女がここにおります。入ってもよろしいですか?」新郎の付添人「雨露がしのげる家も持っておりません。ここにいるのは鈍感でノロマな男です。それでもよかったら、お入りください」新婦の付添人「それでは、夫婦の誓いが永遠に続くことを祈りつつ…」

こんな所でしょうか?





posted by トトロ at 18:04 | Comment(2) | 風立ちぬ 豆知識 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

映画「風立ちぬ」に登場する結核治療。菜穂子が高原の療養所で屋外にベッドを並べて寝袋にくるまっているのはなぜ?




映画風立ちぬ」の後半。


結核で母親を亡くし、自身も結核にかかっているヒロイン・里見菜穂子ですが
喀血(血を吐く事)し、「一日も早く病気を治して、次郎さんの妻としてお側にいたい」という思いから、みずから高原療養所に入る事を決意します。



その治療風景の場面がありますが、山岳地帯の高度の高い療養所で、雪がちらつく屋外バルコニーベッドを並べ、芋虫のように厚着して寝袋にくるまっているという、今では考えられない治療方法が登場します。


結核というのは、昔は大流行し、国民病とまで言われるほど日本人の死因の上位を占めていました。現在は結核予防ワクチンなどもあり、仮にかかっても抗生物質などもありますが、当時はそういうものは一切なく、主に肺の病気として発症するので清浄な空気を吸うのがよい、とされるため、このような効果が見込めないような治療が行われていました。


結核療養所が平地より空気が清浄な高原にあるのはそのためですが、細菌により伝染する伝染病なので、「隔離する」という意味合いもありました。このように一旦かかると有効な治療法がなく、死亡率が高く、しかも伝染すると言う事で、非常に恐れられていました。


余談ですが、私の母の実家では、一つの家で結核で4人が亡くなっています。昔の事なので兄弟が十数人いたのですが、兄弟3人と母親が全員結核で死亡。近所の子供は母の家を前を通る時は、口と鼻をふさいでいたそうです。



つまり、当時は結核にかかるという事は、通常ほとんど「死」を意味する深刻な事態でした。今だとガン宣告されるようなものでしょうか。おまけに伝染する病気なので、映画「風立ちぬ」の中で二郎が菜穂子と何度もキスするのは、ぶっちゃけハラハラしました。そこも二郎という人間の人格なのでしょう。


いわゆる「サナトリウム文学」というのも、こういう中で生まれたものです。結核にかかるのはわりと若い人が多かったので、高原の美しい療養所の中で、若くして死にゆく恋人との物語。白樺林とかが似合いますね。堀辰雄の「風立ちぬ」というのは、まさにこの分野の代表的作品です。他には福永武彦などがいます。彼も自信が結核患者である体験を小説にしています。



ちなみにこの分野のルーツは、まさに映画の中で引用されているトーマス・マンの「魔の山」です。




なぜこれが文学の題材になったかというと、当時はちょうど日本が全面的に戦争をやっていた時期の前後であり、結核になった男は兵役からはじかれるんですね。要は、お国のために戦うレールから外れた非国民。一種の世捨て人。家が裕福なら、空気の良い高原の結核療養所に入る事ができましたので(入院費がべらぼうに高い)、そこで文学が生まれたわけです。



ちなみに堀辰雄と矢野綾子が入っていたのは「富士見高原療養所」という所ですが、堀辰雄の小説「風立ちぬ」のモデルともなっています。ジブリ映画「風立ちぬ」の中でもまさにここが舞台となり、看板が登場しますね。この富士見高原療養所は現在も「富士見高原病院」として存続しています。ここには竹久夢二、横溝正史なども入院していました。




posted by トトロ at 17:40 | Comment(0) | 風立ちぬ 結核治療 菜穂子 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

評論・考察A【映画「風立ちぬ」で、日本の美しさを描ききった宮崎駿は、いわゆる左翼文化人なのか】



評論・考察A【映画「風立ちぬ」で、日本の美しさを描ききった宮崎駿は、いわゆる左翼文化人なのか】


映画「風立ちぬ」は監督・宮崎駿が徹底して「美しさ」にこだわった映画である。


モデルになった堀越二郎が、技術者でありながら、工業製品にひたすら「美しさ」を求め、追求し続けた人であった、という事も、もちろんあるのだが

同様に、監督・宮崎駿はこの映画の中で、徹底して「美しさ」にこだわっている。


「風立ちぬ」では日本の自然や風土の美しさ、日本人の精神の美しさ、そして日本人そのものの美しさが、まっすぐに描かれている。


しかし、その美しさは、過去の作品、例えば「となりのトトロ」の時のような、おだやかなだけの美しさではない。どこか怖さ・凶暴さを秘めた「二面性を持つ」美しさなのである。



その話をする前に、簡単に宮崎駿の半生を振り返ってみる。



宮崎駿は、1941年(昭和16年)東京に生まれたが、戦争が終局に向かっていた時期で、すぐに栃木県へ疎開。疎開先では叔父が「宮崎飛行機」という飛行機工場を経営していて、父親は工場長だった。これが宮崎駿の「兵器・戦記好き」のルーツとなる。



宮崎駿は幼少時に終戦を迎え、それまでの富国強兵・軍事一色の日本が、一気にアメリカ流の「民主主義」を押しつけられ、みるみるアメリカ文化を受け入れていく「価値観の強制転換」を、原点として目の当たりにしている。この世代(いわゆる「少国民世代」)は、日本、とりわけ日本の権力機構に恨み、といってもいいくらいの反発を抱いている人が多い。



しかし戦争中、彼の家はむしろ軍需で得をした一族であったし、一家は裕福で徴兵もまぬがれていたそうだ。しかし彼の母親は、戦時中〜敗戦後の日本の「変節」からいわゆる進歩的知識人を軽蔑していて、幼い駿にもそれを吹き込んでいたらしい。こうした体験が宮崎駿の「分裂気味の人格」を形成する一要因になった事は想像に難くない。


こうして、宮崎駿の「兵器好きなのに、戦争が嫌い。同時に祖国・日本(正確には日本の権力)が嫌い」という矛盾する人格が形成されていく。


その後の宮崎駿は、手塚治虫に憧れて漫画家を目指すが、東映動画制作のアニメ映画「白蛇伝」を観て衝撃を受け、アニメーターを志して東映動画に入社し、組合運動に傾倒していくことになる。典型的な左翼文化人の人生である。もちろんその間もずっと、彼は「軍事・兵器好き」でありつづけたわけであるが。


このように、宮崎駿の生い立ちは、彼が宿命的に抱えるいろいろな矛盾から出発していることがわかる。



彼の初期の作品は、西洋コンプレックスの塊のように(当時は日本の文化全体がそうだった)、日本的なものが一切登場しない。「ハイジ」「母を訪ねて三千里」などの名作シリーズはもちろんだが、その後に自身が監督・脚本を務めた「未来少年コナン」「ルパン三世・カリオストロの城」「名探偵ホームズ」「風の谷のナウシカ」「天空の城ラピュタ」…見事なまでに「西欧的な場所・文化地域が舞台」である(実は最初期の作品「パンダコパンダ」はもろに日本が舞台なのだが、「日本臭さ」がまったくない)。



例えばマンガ版(原作)「風の谷のナウシカ」においては、主人公ナウシカはヨーロッパの末裔の小国の姫君であり、最終的な「敵」となる土鬼(ドルク)の「墓所」は東洋の一角にあり、それは現代日本のテクノロジーで作られたという設定だ。今現代を生きている我々の科学(特に日本の技術力)は、ナウシカたちのいる世界では「諸悪の根源」なのだ。



逆に「日本」がはっきりと舞台になった作品は「となりのトトロ」からであるが、急にいきなり、日本の土着的神道、自然と人々の生活が一体になった風土を全面肯定して描いている。それまで「日本」を忌み嫌っていた「食わず嫌い」が、急に目覚めたように「日本を喰いまくってる」ような変わり様だ。



これ以降、宮崎駿は「西欧的な舞台」(「紅の豚」「ハウルの動く城」等)と「日本の土着的な舞台」(「もののけ姫」「千と千尋の神隠し」等)の間を何度も揺れ動く往還現象を繰り返すことになる。



このように、彼の作品世界は、「軍事・兵器好きと左翼的平和指向」「西欧への憧れと日本への回帰」を行き来し、矛盾、カオス、二面性に充ち満ちている。自分自身の思想の変遷を、作品を通して観客に見せているかのようだ。


宮崎駿は最近、いわゆる自民党政権の憲法改正論議に関して、「憲法改正などもってのほか」などと、いかにも元労組の闘士といった体の左翼的発言をして、物議を醸している。とてもじゃないが、さまざまな「矛盾」「カオス」「二面性」を作品世界の中で展開し、彼自体の思想の変遷を観客に見せ続けてきたクリエイターの発言とは思えない「薄っぺらさ」だ。しかも彼は非常に世界の戦記に詳しい(鈴木敏夫によると、独ソ戦争が特に好きらしい)。保守層のほとんどは知識量では宮崎駿には到底かなわないであろう。政治的に「日本」「戦争」を語る時だけ、自分の日頃の趣味・嗜好を忘れたかのように反戦平和を語る、都合の良さ。



しかし、この「都合の良さ」こそがこの人の存在そのものなのだ。宮崎駿はエコロジーを訴えながらタバコを吸いまくりアウディ(愛車)を乗り回し、スタジオジブリは反原発を訴えながら電気を使いまくる。



話がそれすぎた。「風立ちぬ」に戻そう。


映画「風立ちぬ」の中で、日本の自然・風土は実に美しく描かれている。映画冒頭の水田が広がる田園風景、高原鉄道のレンガ造りの鉄橋、山岳の麓に広がる高原の一面の雪景色…。


しかし同時に、自然は人間に優しいだけではない。時には人間に牙をむく。関東大震災の描写は特に圧巻だ。SEに不気味な人の声を使い、地面はまるで蛇のようにうねり、人々の営みをいともたやすく破壊していく。まるで罪なき人々に罰を与えるかのごとく。また高原療養所の背後に広がる山岳風景は、そこで行われている当時の過酷な結核治療の描写があり、ぞっとするほど冷たく美しい。ここでの自然は、二面性を抱えているからこそ美しいのだ。



映画のテーマである「飛行機の開発」に至っては、二郎は冒頭からずっと「空を飛ぶ夢の乗り物」を作ることを夢見ているだけであるが、彼が三菱で作っているのはただの飛行機ではなく、軍用機なのである。それには人が乗って戦闘に出かけるのだ。カプローニが「ウム、いい仕事だ」と絶賛する「二郎のゼロ」の美しさは、ムダを排した究極の機能美だ。その「機能」とは何か?それは敵の戦闘機を打ち落とす能力=戦闘力をも意味する。映画のラストで登場するゼロの編隊が飛び去っていくシーンは涙が出るほど美しい。しかし彼らは一機も戻ってこなかった。



そしてこの映画の中では、日本人の精神の美しさが何度も描かれる。二郎少年は、他人を助ける、という行為に一切のためらいがない。人を助ける、という意識すらないようだ。頭で考えるより先に体が動いている。


二郎と菜穂子をかくまう黒川家の妻。着物の所作が美しく、毅然として、決してあわてず、芯が強くしっかりとしていて、まさに銃後の妻である。それでいて茶目っ気たっぷりで懐深く、菜穂子や加代から「お姉さん」と呼ばれて慕われている。


菜穂子の婚礼の儀。菜穂子はまず何より先に黒川夫妻に深々と頭を下げる。「身ひとつの私どもへの温かい思いやり…お礼の言葉もございません」と。
菜穂子は自分が死ぬことはわかっていたが、死を恐れる言葉をついに一言も発しなかった。そんなヒマがあるのなら、二郎との時間を精一杯大切にしたかったのだろう。そして九試が完成した朝、二郎を送り出し、部屋を綺麗に整理し、手紙だけを残してだまって死ぬために黒川家を後にする。黒川夫人は部屋を見ただけですべてを理解し、後を追おうとする加代に「追ってはいけません!そっとしておきましょう…」と制する。相手の気持ち・決意を察し、「自分だったら」と考えて行動する。日本人同士の精神文化に根ざした美しいやり取り。



「風立ちぬ」には「精神の貧しい日本人」が全く登場しない。戦争ですらこの映画では「日本が欧米に飲み込まれないようにするため、必死に背伸びした結果」と、肯定すらしているように見える。左翼である宮崎駿は、戦争も日本人も否定したくてたまらないはずだが。登場する「日本的なるもの」は、どれもこれもみな涙が出るほど美しい。



もうおわかりであろう。「宮崎駿は左翼」というのは、彼自身を構成するカオスの、ほんの一部分の要素にすぎない。確かに経歴・言動は左翼そのものであるが、しかし日本を貶めたい・戦争を忌み嫌っている【はずの】左翼が、こんなに戦闘機を美しく描くだろうか、こんなに日本を美しく描くだろうか、こんなに日本人・とりわけ日本人の精神文化を美しく描くだろうか。宮崎駿は矛盾・二面性のカタマリなのである。



実は「風立ちぬ」の中でこれをはっきりセリフで明示している場面がある。二郎はある日会社帰りに、道端で親の帰りを待つ貧しい姉弟を見て、自分が買った菓子を「これを食べなさい」と差し出す。しかしその姉弟は不信感をあらわにし、キッパリ拒否して逃げていく。同僚の本庄は二郎の行為を「偽善だ。腹を減らした子供なんてそこら中にいる。俺たちが造ってる飛行機一機のかねで、日本中の腹を空かせた子供に1ヶ月くらい腹一杯喰わせられる。それでも俺は飛行機を造る」そして唐突に「嫁をもらう」と言い、「仕事に専念するために嫁をもらう、これも矛盾だ」と笑う。


そして二郎の「夢の師匠」カプローニは「空を飛びたいという人類の夢は、呪われた夢でもある。飛行機は殺戮と破壊の道具になる宿命を背負っているのだ…」そうこともなげに言う。夢の道具である飛行機を造っている彼は同時に、「殺戮と破壊の道具になる」飛行機を造っているのだ。そして彼自身も善悪が混沌としたキャラクターとして描かれる。マンガ版「風の谷のナウシカ」に出てくる土鬼の神聖皇帝ナムリスや、終盤で登場するトルメキア王(ヴ王)を思い起こさせる。そして考えてみれば、二郎とカプローニは、共に兵器の製造を生業とする「死の商人」と、その手先である。宮崎駿の生家が飛行機工場(当時はもちろん軍用機)だった事を思い出す。



綺麗だから美しいのではない。それは一元的なものの見方にすぎない。悪魔的なものを内部にはらんでいるからこそ、その二面性こそが美しいのだ。


保守派の人からこの映画は妙に叩かれている。宮崎駿自身の言動は、どうしようもない程「左翼」であるからだ。しかし先入観を捨てて実際に観れば、絶対に「左翼映画」でも「反日映画」でもないことは一目瞭然である。





posted by トトロ at 14:00 | Comment(3) | 風立ちぬ 評論 考察 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

評論・考察@【「風立ちぬ」は一流のファンタジー映画であり、アクション映画でもある。】



映画風立ちぬ」に関する、私の感想評価レビューを交えた評論です。


映画「風立ちぬ」の大筋をシンプルに考えると、プロジェクトX的な「ゼロ戦開発物語」(堀越二郎の半生)と、大昔の典型的な、病気で亡くなるヒロインとの悲恋もの(いわゆるサナトリウム文学・堀辰雄の「風立ちぬ」)を融合させた映画という事になる。飛行機開発は失敗の連続だし、堀越二郎は設計者なのでゼロ戦に搭乗もせず、ひたすら紙に図面を引いていくばかりになる。悲恋の方は、恋人がどんどん弱っていき、最後には亡くなってしまうに決まってる。そのままひねりもなく作れば、恐ろしいほど暗く、重く、退屈極まりない作品になるはずだ。


「風立ちぬ」はドラマチックなファンタジー映画である。


しかし宮崎駿はここに、「夢」という幻想的・ファンタジー的要素を無理矢理にねじ込んだ。実在の堀越二郎とカプローニは一度も対面してないはずだが(作品中でも夢の中でしか会ってない)、日本にいる二郎と、イタリアにいるカプローニがお互いが見ている「夢」の中でつながり、自由に会話まで交わしているという(普通ならこれはテレパシー)設定で、アニメならでは・現実にはありえないシチュエーションを無理なく同居させている。



過去の作品を振り返ると、ファンタジーであるはずの「ラピュタ」「トトロ」「千と千尋」「ハウル」「ポニョ」といった作品にはこういう描写は出てこない。しかし「未来少年コナン」「風の谷のナウシカ(原作)」といったSF作品では、テレパシーや夢の中での会話といった設定が見受けられる。より現実味があり、シリアスな作品にのみ登場するものだ。宮崎駿は作品がリアル・シリアスに振れると、アニメの本質である「破天荒な楽しさ」を取り戻そうと、こういう設定を持ち込んで作品としてのバランスを取ろうとするのかもしれない。多分無意識に。




「風立ちぬ」に繰り返し登場する二郎とカプローニの夢の中では、実に様々な形の飛行機が飛び回っている。よくは知らないがおそらく「雑想ノート」などで書きためられていた宮崎駿の想像上の飛行機とか、テスト飛行しかしてない幻の機体とか、いろんなものがあるのだろう。三段の翼が三つ連なった九翼のものまであった。大体CMで使われてる二郎の「鳥形飛行機」も想像上のものだし。航空機オタクの宮崎駿がやりたい放題やっていた。カプローニの夢の飛行機に乗っている乗客も実に陽気で、変に巨乳のイタリア娘とかが多かった(笑)。夢だから、二郎とカプローニは体一つで翼の上を歩き回って普通に会話を交わす。作品中でカプローニ自身のセリフにあったが「夢は便利だ」。なので、この「夢の会話」の部分がとても明るく、楽しく、美しい。重くシリアスになりがちなテーマの作品のアクセントになり、ブレークになっている。関東大震災の真っ最中にさえカプローニは白昼夢で登場する。そしてこの「夢の会話」は映画のクライマックスにもなる。

「風立ちぬ」はダイナミックなアクション映画でもある


また「風立ちぬ」ではタイトル通り、劇中何度も風が吹く。それもとびきりのいい風が吹く。宮崎アニメにおける風は単なる自然現象ではなく、「変化」であり、物語の節目を観客に示す目印であり、作品の神たる制作者が演者たるキャラクターに課す試練である。風が吹くとキャラクターの人生の平穏や均衡が破られる。次のステージに向かわねばならない。


二郎と菜穂子の最初の出会いは、列車の外デッキで隣り合わせた際に橋にさしかかったせいで突風が吹き、飛ばされた二郎の帽子を菜穂子がキャッチした事がきっかけ。そのあとすぐに関東大震災が起こり、二郎は菜穂子たちを助ける事になる。そして二度目の出会いは、軽井沢で静養していた菜穂子が絵を描いていたが、ふいに風に飛ばされたパラソルを二郎がつかまえた事がきっかけだった。そしてラストシーン…。


宮崎駿はアニメ映画の監督だが、自身も作画上がりの「生粋のアニメーター」である。アニメは言葉ではなく動きで見せるものだ、という事を熟知している。基本「ディズニー」なのである。時にはストーリーそのものを動きから発想しようとさえする。「重力を意識した自然な動き」と「それを観客の感性に訴えるアニメ的なデフォルメされた動き」に関しては、一切の妥協がない。だから、作品内で吹く風も、制作者の意図を観客に伝えるキャラクターの一人なのだ。



その他にも、実は「風立ちぬ」ではさまざまな実験的な手法が試みられている。飛行機の音などのSE(音響効果)を「人の声」で行うというのもそのひとつ。最初聞いたときは「一体どうなるのか?」と思ったが、実際に映画を観てみると違和感はあまりない。どころか、人の声で表現する事で、音に「意志」が込められているように感じる。


例えば隼のテスト飛行のエンジン音〜離陸音。複数の「悪魔的なうなり声」が次第に次第に高まってきて、エンジンが始動する。これ、普通だったらホラー映画とかに使われる感じだ。カプローニの「飛行機は呪われた夢だ」という言葉を音で表現しているようにも思える。「空飛ぶ機械だけど、戦闘機だからちゃんと人も殺すよ」という事か。また隼が最高速度以上を出すために「動力降下(自由落下ではなくエンジンをふかしながら加速降下する)」する際のエンジン音と機体の軋み。まさしく悲鳴である。



また関東大震災の発生時も、複数の人の声を合成した不気味なSEだ。大地の叫びであり、呪いのようにも聞こえる。自然は人に優しいだけでなく、まるで罪なき人に罰を与えるかのごとくに襲いかかってくる事がある。私は個人的に、まさに主人公を演じた庵野秀明「ヱヴァンゲリヲン新劇場版:序」の第6使途の「叫び声」を連想した。意志を持たないように見える物体が上げる叫び声の気持ち悪さだ。私は東北震災の被災者ではないのでわからないが、あの地震や大津波の音も、もし現場にいたらあのように感じただろうか。それにしても、70歳を超えた監督が、このような新しい手法を編み出した。「過去の遺産」で喰っていこうとだけしていたら、こんなものは生まれない。劇中の二郎と同様、宮崎駿も常に新しいものを求めているのだ。



「風立ちぬ」の登場人物たちにはみな時間がない。日本という国が戦争のために総力を結集しなければ生き残れなかった時代であり、飛行機づくりにたずさわった者たちは、時間も資源も何もない中で敵に勝つための軍用機を作らなければならなかった。できあがった飛行機にはパイロットが乗り込んで戦いに出ていくのだ。主人公の二郎も、寝る間も寸暇も惜しんで図面を引き続ける。おまけに菜穂子との恋愛も、当の菜穂子自身が「残された時間が少ない」ことがわかっていた。二郎が妹の加代に言う「僕たちは今、一日一日をとても大切に生きているんだ」という言葉はその通りである。菜穂子の美しさは、まるで散りゆく花の美しさだ。輝く時間が限られているからこその美だ。彼女自身の精神の気高さもあり、二郎との質素な婚礼の彼女は、ぞっとするほど美しい。今の我々とは比べものにならないほど、当時の人たちは濃密な時間を生きていた。


「風立ちぬ」はこのようにダイナミックな映画だ。悪く言えば「数十年前のカビの生えたような題材」を、まるでたった今のように、生き生きと我々の前に提示して見せてくれた。「今を生きる」二郎たちの物語だ。




posted by トトロ at 10:11 | Comment(0) | 風立ちぬ 評論 考察 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

風立ちぬ ひこうき雲 松任谷由実 荒井由実 ユーミン 映画 テーマソング 主題歌 ジブリ 宮崎駿 歌詞に込められた意味とは?



風立ちぬ ひこうき雲 松任谷由実 荒井由実 ユーミン 映画 テーマソング 主題歌 ジブリ 宮崎駿 歌に込められた意味とは?

スタジオジブリ宮崎駿最新作「風立ちぬ」のテーマソングが、荒井由実ユーミンこと松任谷由実の旧姓)の「ひこうき雲」に決定し、CM等でも流れていますね。

これは最初鈴木敏夫プロデューサーが宮崎駿に「『ひこうき雲』って知ってる?あれ、どうです?いいですよね?」みたいな感じで曲を聴かせて、その場で宮崎監督が了承し、イベント(ユーミンの40周年記念ベストアルバム記念のゲストが鈴木だった)の壇上で鈴木敏夫が松任谷由実にいきなり「『ひこうき雲』を主題歌に使わせていただきたいんですが」って了承を取り付けたそうですね。

ユーミンの40周年記念ベストアルバム



↓【動画】「風立ちぬ」-。その主題歌に抜擢された「ひこうき雲」を歌うユーミンがラジオ「鈴木敏夫の汗まみれ」にゲスト出演。


↓スタジオジブリで撮影された、荒井由実「ひこうき雲」初のMV・PV動画



ひこうき雲」というタイトルといい、「空に憧れて…」という歌詞といい、曲調といい、まさに「風立ちぬ」の為にあるような曲ですが


荒井由実ひこうき雲」歌詞※引用
歌:松任谷由実 作詞:荒井由実 作曲:荒井由実風立ちぬ ひこうき雲


この中では、名前もわからない「あの子(少女?)」が、若くして死んだ事、だけが切々と歌われています。

しかし、実はユーミン自身が語っているのですが、この「ひこうき雲」の歌詞には、結構ダークな意味が込められており、「あの子」は実は自殺で死んだというものです。

それも「あの子の命はひこうき雲」「高い窓から」などの歌詞から連想される通り、「飛び降り自殺」だというのです。

松任谷由実が「ルージュの伝言」という自伝の中で明かしていますが※以下「ルージュの伝言」より引用
「私が高校三年ぐらいのときに、うちの近くのすごい高い団地で高校生同士の飛び降り心中があったの。それがけっこう新聞をにぎわしててさ。若いときの死というのをすごく感じたのね。
(中略)
だけど、自分でやるって思ったことは一度もないよ。でもするとしたら、ガスでもないし、睡眠薬でもないし、飛び降りだなって思ってるわけ。
実は死についての歌が今までに「ひこうき雲」入れて四つぐらいあるの。
この飛び降りの事件がパッと耳に入ったときに、思い出したことがあるのよ。
小学校のときの同級生の男の子に、筋ジストロフィーの男の子がいたわけ。(後略)
(中略)
その子が高校一年のときに死んだの。お葬式に呼ばれて行ったら、写真が、もう知らない写真になってるわけよ。(後略)
それでそのことがけっこうインパクトがあってつくった歌が「ひこうき雲」って歌。高校の終わりか大学の頭に作ったのよ。
話はちょっと変わって、飛び降り自殺なんだけどさ。(後略)」(『ルージュの伝言』角川書店、1983年、83−85ページ)

ルージュの伝言 (角川文庫 (5754))

映画「風立ちぬ」でも、「少女(菜穂子)の死」というテーマについて扱っており、なおかつ飛行機を扱った作品です。しかしまさかユーミンの「ひこうき雲」が「飛び降り自殺」とは…

これもまたジブリ作品をめぐる「都市伝説」のひとつになりそうな予感が…





posted by トトロ at 15:43 | Comment(2) | 風立ちぬ ひこうき雲 テーマソング | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

風立ちぬ 堀辰雄 実在の妻 矢野綾子 節子 里見菜穂子 そしてゼロ戦開発者 堀越二郎 その関係は? 宮崎駿はなぜ現実と虚構をミックスしたのか?





風立ちぬ 堀辰雄 実在の妻 矢野綾子 節子 里見菜穂子 そしてゼロ戦開発者 堀越二郎 その関係は? 宮崎駿はなぜ現実と虚構をミックスしたのか?


スタジオジブリのアニメ映画風立ちぬ」は、とりあえず宮崎駿が「月刊モデルグラフィックス」に連載していた絵コンテ風の漫画風立ちぬ」が原作といえるでしょう。


宮崎駿の漫画「風立ちぬ」は、実在のゼロ戦設計者・堀越二郎の半生と、同時代の作家・堀辰雄小説風立ちぬ」の要素を取り込みつつ、ヒロイン里見菜穂子以外のキャラクターを動物に擬人化して描いた漫画作品です(宮崎駿はこの手法が気に入ってるようで、「名探偵ホームズ」や「紅の豚」など複数の作品で採用してます)。





この中では、現実の堀越二郎の半生(ノンフィクション・ゼロ戦設計物語)に、小説「風立ちぬ」の悲恋(フィクション・結核少女との同居)の部分がミックスされています。


ただ、堀辰雄の小説「風立ちぬ」は、一応フィクションとはいえ、ほとんど堀辰雄の実体験を描いた、いわゆる「私小説」にあたるものです。


堀辰雄小説風立ちぬ」のあらすじ



ちなみにこちらが矢野綾子堀辰雄婚約者でした。
矢野綾子 堀辰雄 妻 モデル 婚約者 風立ちぬ 画像 写真
※写真提供「堀辰雄文学記念館」2013/7/10放送 日本テレビ系列「笑ってコラえて」より
矢野綾子堀辰雄と知り合って翌年に結核のため富士見高原療養所に一緒に入り、さらにその翌年、矢野綾子だけが死去しています。堀辰雄はこの時の体験を小説「風立ちぬ」に書いていますから、宮崎駿映画風立ちぬ」ヒロインの菜穂子は、矢野綾子が元のモデルという事になるかと思います(小説の女性の名前は「節子」。宮崎駿は名前だけを堀辰雄の別の作品「菜穂子」から取った)。

こちらが堀辰雄。いかにも昔のインテリ文学青年という感じで、定番の丸眼鏡をしています。
堀辰雄 画像 写真
※写真提供「堀辰雄文学記念館」2013/7/10放送 日本テレビ系列「笑ってコラえて」より
ジブリ映画の「二郎」は、どちらかといえば現実の堀越二郎ではなく、堀辰雄の方がモデルなのではないかと思います。


以下は小説家・堀辰雄の簡単な年表です。
1904
東京生まれ
1923
関東大震災に遭遇 母親を失う
1925
東京帝国大学文学部入学
肺結核を病み、療養することが多かった
1933
軽井沢で矢野綾子と知り合う 軽井沢での体験を描いた「美しい村」を発表
1934
矢野綾子と婚約 彼女も肺結核だったので、二人で八ヶ岳山麓の富士見高原療養所へ入院
1935
矢野綾子、肺結核のため死去
1937
矢野綾子との療養生活をモデルにした「風立ちぬ」発表
1937
加藤多恵と結婚 生涯添い遂げる
1941
「菜穂子」発表
1952
長年の結核のため死去

宮崎駿の映画「風立ちぬ」は、基本的に小説(フィクション)である堀辰雄の「風立ちぬ」から、以下の要素を取り込んでいます。
  • 主人公が高原で絵を描いている少女と出会う
  • 少女は結核に冒されており、寿命が長くないらしい
  • 主人公と少女は恋に落ち、婚約し、一緒に住む
  • 主人公は仕事をしながら少女の面倒をみる
  • 少女の家族は父親のみ登場し、関係は良好




さらにヒロインの名前を堀辰雄の別作品「菜穂子」から、黒川の名前なども同作品から拝借しています。

↓堀辰雄「菜穂子」



つまり、堀辰雄の小説「風立ちぬ」は、堀辰雄自身の、実在の矢野綾子との療養体験をモデルにしたものですが(一応フィクションで、ヒロインの名前は「節子」になっています)
宮崎駿の「風立ちぬ」は、さらにその小説をモデルにしたもの(ヒロインの名前のみ別作品から借用)という複雑な構造になっています。


風立ちぬ」を取り巻く登場人物を実在の人物・物語の相関関係(図にしてみましたw)※図をクリックすると大きくなります。
風立ちぬ 堀越二郎 堀辰雄 宮崎駿 関係

ちなみに現実の堀越二郎はどうだったのか?というと、須磨子さんという方と結婚し、子供も生まれています。
こちらが堀越二郎奥さん須磨子さん。なかなか美人ですね。
堀越二郎 妻 奥さん 須磨子 画像 写真 現実
※2013/7/10放送 日本テレビ系列「笑ってコラえて」より

ちなみに、実際の堀越二郎は、この須磨子さんと普通に結婚して、映画の二郎が菜穂子さんに会っていた時(30歳くらい)は、すでにお子さんもいたようです。実在の二郎は77歳で死去していますが、妻の須磨子さんも普通に天寿を全うされたようです。つまり映画「風立ちぬ」の「二郎と結核少女との悲恋」という部分は完全な創作(堀辰雄の小説からの要素)で、これらの「改変部分」はジブリ側が事前に遺族に了承を取っているそうです。


ではなぜ宮崎駿は「風立ちぬ」で堀越二郎の「ゼロ戦開発物語」に、結核少女との悲恋という別要素をミックスさせたのか?


いろいろ理由はあるのでしょうが、まず堀越二郎堀辰雄には、奇妙な符号があるのです。
  • 堀越二郎は1903年(明治36年)生まれ、堀辰雄は1904年(明治37年)生まれ、たった1年違いです(ちなみに堀越二郎の生まれた1903年は、ライト兄弟が世界初の有人動力飛行に初めて成功した年です)。
  • どちらも「旧制第一高等学校(現在の東京大学一・二年に相当)」に入学。
  • どちらも「東京帝国大学」に入学(堀越二郎は「工学部 航空学科」という超エリート、堀辰雄は文学部 国文科)。
  • どちらも「関東大震災」を経験(堀辰雄は実家が東京で、母親を失っています)。
  • どちらも死後「多摩霊園」にお墓があります。



普通の監督であれば、堀越二郎の半生に、実際のゼロ戦が戦場で活躍する内容を加味して「ゼロ戦開発物語」のような戦記物として作ったのではないでしょうか。

↓百田尚樹のベストセラー「永遠の0」



しかし宮崎駿は、そういう決まりきったテーマというより、ある時代の空気・その時代に生きた人間の息吹を描きたい、という思いの方が強く、ごく自然に「堀越二郎」と「堀辰雄」という二人の人間の物語を区別なく同居させることで、これをひとつの「ひとの生き様」として描き出していったのではないでしょうか。「月刊モデルグラフィックス」に漫画風立ちぬ」を連載している当初は、映画化などはまったく念頭になかったようです。

↓宮崎駿のマンガ版「風立ちぬ」が連載開始された「月刊モデルグラフィックス」2012年4月号




そして、宮崎駿としては、堀越二郎の人格に、自分自身と共鳴するものを感じているようで
「飛行機設計者」としての堀越二郎を「ただ美しい航空機をつくりたかっただけ。時代の要請で、それは兵器になった」という意味のことを述べています。


宮崎駿は、基本的に反戦平和主義者(東映動画に入社時には組合活動を熱心にやってました)で、作品にも繰り返しそういうテーマが登場します。


しかし、本人は「超」がつくほどの兵器オタクなのです。そのような自己矛盾を抱えるものとして、宮崎駿堀越二郎に自分の姿を重ねているようです。以前、鈴木プロデューサーが「今度の映画は宮さんの自伝になる」と言っていたのは、その辺を宣伝も兼ねてうまく表現したものではないかと思います。



↓それでは現実の堀越二郎と、堀辰雄の小説「風立ちぬ」は?
>風立ちぬ 堀越二郎 実在のゼロ戦設計者と監督・宮崎駿、カプローニ
>風立ちぬ 堀辰雄 ほりたつお あらすじ ストーリー

風立ちぬ 堀辰雄 ほりたつお あらすじ ストーリー

風立ちぬ 堀辰雄 ほりたつお あらすじ ストーリー



スタジオジブリ宮崎駿の最新作「風立ちぬ」は、現実のゼロ戦設計者・堀越二郎の半生を描いた縦軸(ノンフィクション)の部分と
主人公が結核の少女と出会う恋愛小説(堀辰雄ほりたつお)の小説「風立ちぬ」)としての横軸(基本的にフィクション)の部分が、ミックスされた映画です。

それでは、横軸としてのフィクション・堀辰雄ほりたつお)「風立ちぬ」のあらすじは?どういう内容小説なのでしょうか?


主人公の名前は語られず、最初から最後まで、すべて「私」の一人称で物語は語られます。
「私」の職業は小説家らしく、明らかにモデルは堀辰雄自身と思われます。
結核の少女「節子」も実在の女性…
堀辰雄ほりたつお)の事実上の妻であり、婚約した約1年後に、小説と同じく結核でこの世を去った矢野綾子がモデルでしょう。


堀辰雄ほりたつお)「風立ちぬ」のあらすじ

↓ここから
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プロローグ(夏の避暑地の高原にて)



ある年の夏。「私」は、避暑地の高原で「節子」という美しい少女と出会っていた。
少女はカンバスに絵を描いていた。ひとときの逢瀬を楽しむ二人の間に、風が吹いた。



ふと「風立ちぬ いざ生きめやも(風が吹いた。私達は生きねばならない)」という詩が「私」の口をついて出る。


ある朝、森の中の散歩を楽しむ二人。節子は「父親は自分を離したがらない。私達はこれっきりになるのかもしれない」と不安を口にする。
「私」は「暮らしのめどが立てば、きっとお前を貰いに行くから…それまではお父さんの元にいるがいいよ」と誓う。


二・三日後、ホテルの食堂で節子は迎えに来た父親と共に、「私」に背を向けてぎこちなく知らぬ振りをしていた。
二人はホテルを発っていったが、ひとりになった「私」は節子への思いを再確認していた。



春(時は経過し、約2年後)




「私」は節子と婚約を果たしていたが、節子は結核を患っていた。


ある日、「私」は散歩のついでのような顔で節子の家を訪れていた。父親は節子の病状が思わしくないので、「私」と院長が知り合いであるFのサナトリウムへ入れたらどうだろうかと切り出す。私は父親の意図を察し、もしそうなるのなら自分もそれに同行すると約束する。節子へもそれを告げる。


妙に気弱になる節子。自分がこんな体のせいで、「私」に気の毒だと言うが、「それだからこそ愛しく思うのだよ」と。
節子「私、なんだか急に生きたくなったのね…」


二人は八ヶ岳山麓のサナトリウムへ発つ準備をしていた。そこの院長に父親も伴って節子の病状を診てもらったが、医者は明るく鷹揚な返事を返した。だが実は「私」には、医者から深刻な事実が突きつけられていた。「私」はひそかに泣いたが、節子はそれを気取り、自分の残り寿命に関して察したようだった。
節子「私達、これから本当に生きられるだけ生きましょうね…」


二人は汽車で八ヶ岳に発った。まだ雪の残る険しい山麓を汽車は登坂を続けた。やがて小さな駅に着き、出迎えた小使いに高原療養所へと案内される。貧しい村を抜けた先にあるサナトリウムでは、裏がすぐ雑木林になっている病棟2階の真っ白な部屋に案内された。ここが二人の住み処となる。




八ヶ岳の麓の療養所で、「私」と節子二人の奇妙な療養生活が始まった。しかし「私」が見せられた節子の病巣のレントゲン写真には、大きな黒い塊がくっきりと写っていた。院長は「ここまでひどくなっているとは…この病院で2番目くらいに重い患者かも知れない…」と告げる。私は病室に戻る時、17号室に随分ひどい症状の患者がいるのを見る。


「私」と節子の暮らしに変化があるとすれば、時折節子が熱を出すことくらいだった。節子はその度にじりじりと衰えていった。しかし病室の窓から見える、移ろいゆく山の自然は例えようもないほど美しく、「私」と節子は「ずっと後になって今の生活を思い出せば、どれだけ美しいだろう」と思った。しかし、ふいに節子が「そんなにいつまでも生きていられたらいいわね」と口走る。二人は気まずくなるが、「私」は「その自然を美しく思ったのは、自分ひとりだけでなく、私たち二人なのだ」と思い至り、それを恥ずかしいと感じる。





山の夏は平地よりもずっと強烈だった。サナトリウムの患者は増えていった。節子は暑さのために食欲をなくし、寝られない夜もあった。「私」は十七号室の患者の事が気になり、つとめて避けていたが、ある夜、病院全体が騒々しくなり、ただならぬ事が起こったようだった。二人は不安の夜を過ごす。





「私」は偶然、あの十七号室の付き添い看護婦が庭で花を摘んでいるのを見かけ、あの患者が逝ってしまった事を知る。病院で一番病状が重いらしい患者が亡くなった。…では次は?言いようのない不安に駆られる「私」。節子の顔もまともに見られない。


秋雨が数日続く。サナトリウムの患者もいつのまにか減り、病状の重い患者ばかりが取り残されていた。


そんな時、雑木林で神経衰弱の患者が首つり自殺するという事件が起こる。「私」の不安はいっそう大きくなる。


十月のある日、節子の父親から立ち寄るという知らせの手紙が届く。節子はうれしそうに目を輝かせたが、その体は痩せていた。


数日後、父がやってきたが、節子は医者から安静を命じられていた。父は病が治りかけていると思っていた自分の見込みが裏切られたことに、ひそかに落胆していた。しかし節子が興奮のあまり頬を紅潮させているのを「顔色はとてもいい」と褒め、同時に自分を納得させようとしていた。


「私」が気をきかせて席を外してから戻ってみると、節子は父が持ってきた彼女の好きだったらしい菓子などをベッドに広げ、それを「私」に見られてバツの悪そうにしていた。節子はまるで少女のようだった。それをからかうと彼女は「知らない」と顔を覆った。


父はサナトリウムを発つ直前、「私」と二人きりで話した。父は「ここの環境はあまり向いてないのでは?もう半年なのだから、少しは調子が良くなってよさそうだが…」しかし「私」にとっては、ここでの二人の孤独な環境は何物にも代えがたい幸福そのものだった。彼女は冬までここで過ごすつもりらしく、自分も共に過ごすつもりだと告げる。父は「ありがたい。なら、あなたもここで仕事をされたらどうか」と。「私」は自分があまりにも自分の仕事をほったらかしていた事を思いだした。

病室に戻ると、節子は今までにないひどい咳をしていた。少し血を吐いた。


節子は絶対安静が続いていた。「私」はつきっきりだったが、幸いにも危機は一週間ほどで立ち去った。節子は「今度もしお父様がいらしてもあんなに興奮せず、知らん顔をしてやるわ」といたずらっぽく微笑んだ。


「私」は節子に、これから少し仕事をするつもりだが、節子との日々のことを書くつもりだと打ち明ける。それ以外の事は考える事もできないし、二人のこうした日々のできごとを、もっと確実なものにしたいから。「私」は節子に「お前も協力してくれ。俺が仕事をする間、頭から足の先まで幸福になってもらいたいんだ…」と願いを告げる。


森をひとり歩きながら、物語を夢想する「私」。身の終わりを予覚しながらも快活にふるまう女主人公の物悲しい物語だった。恋人である男は彼女への愛を純粋なものにするため、病身の娘をサナトリウムに誘う。男はけんめいに介抱する。娘はそれを感謝しつつ死んでいく。まるで私達の身の上そのものを描こうとしていたが、「私」はその悲劇的な終わりまでを夢想してしまった事に恐怖と羞恥心を覚えていた。


病室に戻った「私」は、節子への罪悪感から、今の生活は自分の気まぐれに節子を巻き込んでいるのではないかと、心情を吐露する。節子は「あなたのお帰りが少し遅いだけで、私不安になってきたの…いつかあなた私にこう仰ったでしょう。私達のいまの生活、ずっとあとになって思い出したらどんなに美しいだろうって…」





「私」は昼間は私達の物語の執筆のため、サナトリウムを出て山々や森を歩きながら夢想にふけっていた。そんな日々の中でも節子の病は少しずつ重くなっていった。


ある日帰り道で、外に出て雑木林の外れにたたずむ節子の姿を見た。私達は一緒に八ヶ岳を眺めながら、「私」の胸の内には、二年前に山の麓から二人きりの暮らしを夢見ていたこと、散歩する時も節子の姿を見たいばかりに少し前を歩かせた思い出などが、いっぱいに溢れてきた。


「私」が、夜もせっせと私たちの幸福の物語を書き綴っていると、節子が寝顔でも「私はこうやってあなたのお側にいさえすればいい」と言いたくてたまらないように見え、幸せを感じずにはいられなくなる。


「私」は数年前から、こうして寂しい山岳地方で世間から隔絶され、愛しい女性と二人きりで暮らすことを夢見ていた。山小屋でのそのような暮らしを夢想し、それをそのまま書き残そうとしていた。


しかしそのような手前勝手な夢が、節子をこんな事に巻き込んでいるのではないか?と一種の後悔がまたもや頭をもたげてきた。


もう数日でノートを書き終えられそうだ。しかし「私」はどうしても結末を書くことができない。そして私たちの幸せはもう長くは続かないような気さえしていた。


ある月の晩に眠れないでいると、節子が後ろから「何を考えているの?」と問いかけてきた。「私」はどうしてもよい結末が思い浮かばない、お前も一緒に考えてくれないか?と持ちかけるが、節子は「だってどんなお話しなのか知らないんだもの」と。


ある日、節子は吐血する。院長命令で節子には付き添い看護婦がつき、「私」は隣の部屋に移らざるをえなかった。同じような部屋なのに、「私」は見知らぬ部屋にひとりいた。


「私」はほぼ完成間近のノートをほっぽり出していた。節子には物語の完成のためにしばらく別々に暮らした方がいいと告げていたが、物語に描いているような幸せの中にどうしても入っていけないのだった。


夜、窓の灯りに寄って来る蛾の生きてから死ぬまでさえが、「私」の不安をいっそうかき立てる。


そして


ある夕方、「私」と節子は二人きりでいた。節子はふいに「あら、お父様」といないはずの父親を見つける。それは窓から見える山影のことらしかった。いつも今時分、父の横顔に似た影ができるのだそうだ。「ああ、消えていくわ…」


「私」は「お前、家へ帰りたいのだろう?」と思わず口に出してしまう。
「ええ、なんだか帰りたくなっちゃったわ」と返す節子。「今の間だけ…こんな気持ちはじきに消えるわ」


突然、喉を絞めるような恐怖が「私」を襲ってきたー。
新潮日本文学 16 堀辰雄集 菜穂子 風立ちぬ ルウベンスの偽画 聖家族 他



エピローグ・死のかげの谷(時は経過して一年後の冬)




「私」は雪の降り積もる谷に小さな小屋を借りていた。ここを訪れる外人達は「幸福の谷」と言ってるようだが、こんな寂しく人影の絶えた場所は「私」には「死のかげの谷」であった。


「私」はここでやもめ暮らしを送るのだ。「私」はこんな山小屋で節子と二人きりで暮らすことを、どんなに夢見ていたことか…


夕方、村の娘に作らせた一人きりの侘びしい夕食を終えると、1年ぶりに手帳を開いた。
食事を終えてしまうと、色々と思いだしてしまう。ちょうど1年前の今頃、「私」はサナトリウムの周りで、電報で呼び寄せた節子の父の到着を待っていた。真夜中近くにやっと父は着いたが、「私」たちは憔悴しきった節子の顔をじっと見守っていた。


ベッドに横たわって、節子が不安げな目をこちらに向けてつぶやいた。「あなたの髪に雪がついているの…」



ある夕方、小さな教会の前を私が通りかかると、こんな冬なのに小使いらしい男がいたので話しかけてみた。そうするとそこのドイツ人神父がちょうど帰宅し、さすがに冬はミサに来る人間もほとんどいないので、と日曜の礼拝を約束させられてしまった。


日曜の朝にその教会を訪れてみると、信者は誰もいないものと思っていたのに、ドイツ人らしい黒ずくめの夫人が跪いていた。「私」はそっとその場を離れた。


夕方近くに「私」の家を訪ねてきた神父に再び翌日の約束をさせられたので、教会を訪ねた。松本へ発たねばならないとかで、せっかくこの村で一人信者を得ようとしているのに残念だ、と言うが、昨日の老婦人のことなのか「私」のことなのかはわからなかった。「こんな美しい空は、こういう風のある寒い日でなければ見られませんね」この言葉だけが妙に私の心に残った。


山小屋に戻ると、リルケの「レクイエム」が届いていた。それを読みふける「私」には、節子を静かに死なせることをせず、求めてやまなかった自分の心に対する後悔の念が沸き上がっていた。


村人によばれた寂しいクリスマスの帰り道、枯木林に迷い込んだ「私」はどこからともなく指してくる無数の光を見つけるが、それは近寄ると、このあたりでたった一軒灯りのついている時分の山小屋のものだった。ふいにこんな思いがよぎる「おれの人生の周りの明るさなんぞこれっぽっちだと思っているが、本当はおれの思っているよりもっともっとたくさんあるのだ。そういうものが何気なくおれを生かしておいてくれてるのかも知れない」


「節子、お前はほんとに何も求めずに、おれを愛してくれたんだな」


「こんな寂しい谷でも、住み慣れてしまえば『幸福の谷』と呼んでもいいような気がする位だ−」


堀辰雄の小説「風立ちぬ

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風立ちぬ」のあらすじは以上です。


それでは、堀辰雄の小説「風立ちぬ」と、宮崎駿の映画「風立ちぬ」の中の堀越二郎との関係は?
>風立ちぬ 堀辰雄 実在の妻 矢野綾子 節子 里見菜穂子 堀越二郎
>風立ちぬ 堀越二郎 実在のゼロ戦設計者と監督・宮崎駿、カプローニ




風立ちぬ 堀越二郎 実在のゼロ戦設計者と監督・宮崎駿、カプローニとの関係 ジブリ

風立ちぬ 堀越二郎 実在のゼロ戦設計者と監督・宮崎駿、カプローニとの関係 ジブリ


ジブリ「風立ちぬ」のあらすじを追う前に、実在の人物である主人公の「堀越二郎」の半生を振り返ってみましょう。

↓ゼロ戦設計者・堀越二郎を知る手軽な雑誌



堀越二郎は、1903年(明治36年)生まれ、群馬県藤岡市出身。
二郎が生まれた1903年というのは、奇しくも「ライト兄弟が人類初の動力飛行に成功した年」です(何か数奇なものを感じます)。

当時の時代背景としては、翌年の1904年に日露戦争が開戦します。日本はこの戦争に勝利し、つまり史上初、アジアの小国・日本が欧米の大国との戦争に勝ち、世界が驚嘆しました。日本国内も「大戦景気」に沸き立ちます。また歴史的に見ても第一次世界大戦(1914年〜)に至るこの時期は、世界を巻き込んだ武力による領土の争奪合戦が頂点に至る、まさに「世界戦争の時代への幕開け」とも言えます。

そして、生まれたばかりの「飛行機」という新時代の乗り物が、次第に戦争の主力となっていくことで、飛躍的な進歩を遂げていきます。

堀越二郎の生まれた当時は、まさに飛行機が誕生した「航空機の時代」であり、同時に「戦争の時代」でもあります。アメリカ・ロシア・ヨーロッパ諸国のいわゆる欧米列強がせめぎ合う中で、アジアでほとんど唯一自主独立を果たしていた日本が、巨大な帝国主義の波に飲み込まれまいと必死に抵抗を続けていました。また、生まれたばかりの航空機というものに夢を託せる時代でもありました。
堀越二郎は、このような時代に生まれた、小さい頃から飛行機好きな、今で言えば「オタク少年」とも言えます。また「少年誌(今でいう漫画雑誌で、少年向けの小説誌)」に連載されていた物語を読むことで、飛行機への思いを膨らませていったようです(このあたりが宮崎駿監督自身のエピソードとダブります)。



ずっと飛行機好きなままで育っていった二郎少年は、自分自身が飛行機の設計にたずさわる技術者となることを夢見ます。地元の中学では成績は非常に優秀で、教師に対して「ほかの生徒に合わせていると自分に合った勉強ができない」等と言ってたようです(ちょっと「やな野郎」ですね 笑)。中学卒業後には、航空機の設計者となるために旧制第一高等学校(今の東京大学の1〜2年)へ進みます。その後、東京帝国大学の航空学科へ。まさに、航空機設計者としてのエリートコースを邁進します。大学在学中に当時の三菱内燃機(現・三菱重工)からスカウトされ、大学を首席で卒業後にそのまま同社に入社します。

1929年、三菱重工は堀越二郎に航空機の先端技術を学ばせるため、ヨーロッパ・アメリカに1年半派遣します。その洋行の中で、イタリアの飛行機設計者であるジャン・カプローニ伯爵との出会いもありました。

ここで、映画風立ちぬ」のもう一人の主人公とも言えるジャン・カプローニについて。
1911年にイタリアで初めて実用航空機を開発したメーカー「カプロニ」の創業者です。航空機の黎明時代に非常にユニークな機体を次々に誕生させました。第一次、第二次世界大戦中は連合国の需要に応え、爆撃機や輸送機の生産で成功しましたが、次第に時代の要請についていけなくなり、戦後1950年に消滅。しかし、三発三葉(エンジン3つに羽が縦3列)の「カプロニCa.4」、後のジェット機のプロトタイプであるモータージェットエンジンの「カプロニ・カンピニN1」、胴体全体が巨大なダクテッドファンになっている「スティパ・カプロニ」など、見るだけでも楽しい「夢の飛行機」を次々と生み出していきました。

映画風立ちぬ」の中でカプローニは二郎に
「飛行機は戦争や経済の道具ではない。それ自体が美しい夢なのだ」と説きます。
堀越二郎カプローニという「夢の師」と出会うことで、「飛行機は夢の具現」であるという思いを強くしていったものと思われます。


堀越二郎はその後、入社わずか5年で設計主任に大抜擢となり、1932年「七試艦上戦闘機」、1934年「九試艦上戦闘機」などの名機を次々と設計します。特に九試艦上戦闘機は日本製では初ともいえる世界水準の戦闘機であり、実践で活躍します。そして堀越二郎は世界の戦線で「姿を見たら逃げろ」とまで言われて恐れられた「十二試艦上戦闘機(後のゼロ戦)」を世に送り出します。

飛行機屋としての堀越二郎は、非常に「こだわりの設計者」でした。

彼が航空機づくりの中で特にこだわったのは、ひとことで言えば「機能美」でした。「美しい機体を作ること」と、「すぐれた機能」を両立させようとしたのです。搭載エンジンが決まると、流れるようなボディ全体のイメージを描き上げ、そのイメージを設計に具現化していきました。彼は一般的な飛行機の技術者と違い、「美しさと機能は両立できる」という強い哲学のようなものがあったのでしょう。



堀越二郎が開発した一例として「沈頭鋲(ちんとうびょう)」というもの。機体に打ち付けられている鋲の頭を削って滑らかにし、少しでも空気抵抗を減らしつつ軽量化を図る技術。また後のゼロ戦の原型となった「九試単座戦闘機」で採用された「逆ガル翼(主翼が「逆への字」になっている特徴的な形態)」など。これは翼に微妙な角度をつけることで乱気流を防ぎ機体を安定させる効果を持っていました。こうした技術の結晶である「ゼロ戦」はスピード、運動性能、航続距離、操作性などどれを取っても世界一の性能を持つ戦闘機でした。また堀越が考案した「沈頭鋲」「ねじり下げ」などは、現在でもほとんどの世界の航空機で採用されている技術です。

↓世界の航空機史上、画期的な戦闘機「ゼロ戦」



その後、ゼロ戦の後継機である「烈風」の開発に取りかかりますが、1945年の終戦には間に合わず、実戦投入は叶いませんでした。政府機関とやり取りしていた堀越は、タイミング的に烈風は間に合わないことはわかっていたものと思われますが、手を抜くことなく設計に全力を投じました。

映画風立ちぬ」にも描かれていますが、第一次世界大戦前後の日本の兵器技術力は欧米に比べるとまだまだ低く、それが実践を重ねるうちにどんどん蓄積されてきて、やがて欧米列強に恐れられるレベルにまで高まっていきます。それも彼ら若い技術者の試行錯誤の上にあるものです。

↓「ゼロ戦」の遺伝子は今でも世界の航空貴意脈々と受け継がれている



堀越二郎の戦後は、分割された中日本重工業(後の新三菱重工)に勤務し参与にまで昇り詰めましたが、退社後は東大の宇宙工学研究所で講師を務めました。防衛大学・日本大学の教授を歴任後、1982年に亡くなられました。勲三等旭日中綬章を授与されています。


こうやって振り返るとわかりますが、子供の頃から少年誌の飛行機小説を読みあさっていた飛行機マニアとしての堀越二郎の姿は、完全に少年期からの兵器オタクである宮崎駿自身の姿と重なっています。鈴木敏夫プロデューサーが「『風立ちぬ』は宮崎駿の自伝」と言ったのは、こういう部分のことかと思われます。



もうひとつ、堀越二郎宮崎駿に共通しているのは、二人の抱える大いなる矛盾です。堀越二郎は純粋に美しい飛行機を造りたかった。しかし時代はそれを許さず、兵器としての航空機の設計しか許されませんでした。宮崎駿も、東映動画に入社した当初は組合活動に熱心な左巻きであり、作品でも繰り返し戦争の愚かさを描いていますが、子供の頃から無類の兵器マニアであり、高校時代に「世界の艦船」という兵器雑誌に文章を送っているほどです(しかもものすごくオタクチックな専門文章w)。

↓高校時代に宮崎駿が寄稿した「世界の艦船」は現役ですよ





宮崎駿は「風立ちぬ」で「矛盾を抱えながら生きる男の姿」を、堀越二郎に託したのかも知れません。


この堀越二郎ジャン・カプローニとのかかわり、飛行機設計に託す夢は、映画の縦軸となります。


この縦軸は、基本的に現実の堀越二郎の半生を描いた「ノンフィクション」「自伝」の部分です。


そして映画「風立ちぬ」の横軸ともいえるもうひとつの要素、ヒロイン里見菜穂子との関係(つまり作家「堀辰雄」)は…?


>風立ちぬ 堀辰雄 ほりたつお あらすじ ストーリー
>風立ちぬ 堀辰雄 実在の妻 矢野綾子 節子 里見菜穂子 堀越二郎




posted by トトロ at 12:48 | Comment(3) | 風立ちぬ 堀越二郎 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

風立ちぬ 先行試写会 感想 評価 レビュー 評判 業界人は絶賛の嵐だが…「駄作」なのか?




風立ちぬ 先行試写会 感想 評価 レビュー 評判 業界人は絶賛の嵐だが…「駄作」なのか?
>映画「風立ちぬ」評論・考察

スタジオジブリ・宮崎駿の最新作、映画「風立ちぬ」を観てきました(試写会はすべて外れましたw)。

ネットでのこの映画の評判は、かなり割れてるというか、賛否両論のようですね。
以下は、私自身の感想・レビューです。

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庵野秀明の主人公・二郎…終始ヘタだが、あれこそ二郎くんだ


まず、鑑賞前は個人的に一番心配していた、エヴァンゲリオンの監督・庵野秀明の声優っぷりから。



はっきりいってかなり棒読みではあります。加えて、ヘタです。映画の当初はかなり気になります。
淡々として、全く感情がこもってないしゃべり方です。他の声の方が違和感がなくかなりいいので、特に浮いてます。


しかし、映画が進んで行くにつれて、だんだん気にならなくなってきます。なぜなら、「二郎くん」というこの主人公は、こういう人なのです。飄々としていて、世間離れしていて、つかみ所がなく、しかし冷たいのではなく、まったく私欲というものがないように見え、困っている人がいたら頭で考える前に体が動いているほど人に親切で、目の前の目標にいつも夢中で、子供のように無邪気。


庵野氏のキャラクターに、たぶん当たらずとも遠からず、です。アニメの声としてはヘタなんだけど、それが二郎くんなんだよね、と言う風にだんだん思わされます。後半に行くにつれて、違和感がなくなってきます。このしゃべり方がこの人のキャラクターなんだと思えます。


そして、映画の最後には、この「抑えた演技」が効いてきます。特にラストシーンは、この、感情が伝わらないような「木訥とした二郎くん」が言ったからこそ、涙する場面です。


宮崎駿監督は「声ではなく存在感で選んだ」と言ってますが、演者自身の個性や人生もその要素になっているような気がします。「死ぬ気でもがきながらもの作りをしている庵野秀明」だからこそ、ゼロ戦開発者の堀越二郎だったのではないでしょうか。


というわけで、個人的には庵野秀明の主人公・堀越二郎は「ヘタだけど、アリ」だと思いました。

その他の声優は…瀧本美織、西村雅彦、大竹しのぶ、野村萬斎、志田未来は最高!


その他の声優陣については、まったく違和感なく、「キャラクター以上の演技」をしていたように思います。

瀧本美織(里見菜穂子)


少女時代は無邪気で快活で明るく、10年後に「女性」となって二郎の前に現れた時には、しっとりと落ち着きある、それでいて非常にしっかりとした芯のある、古風な女性という演じ分けがうまいです。二郎の前では茶目っ気もあり、二郎の事を全面的に信頼し、時には聖母のように包み込む理想的な女性です。



西村雅彦(黒川)


いつも部下を睨みつけ、ガミガミ言うガンコ者で堅物の技術者ですが、芯はやさしい男。体が極端に小さいので、その分声がデカイです。



大竹しのぶ(黒川夫人)


まさしく「銃後を守る妻」。いつも凛として自己主張はしませんが、キリッとしてものの道理がよくわかっている人であり、「覚悟」ができている日本女性の鏡のような人。夫を立てつつも、言うべき時は言う。着物の動作が美しい。大竹しのぶがうまく演じてます。



野村萬斎(カプローニ)


二郎と夢の中で会話する飛行機設計者ですが、世の中を達観した底の深いキャラクター。「飛行機は夢であるが、実は兵器であり経済の道具であり、呪われた夢にもなる」という飛行機が持つ「悪魔的な部分」をも体現したようなキャラクター。狂言師ならでは、の独特の声の出し方が効いてます。



志田未来(堀越加代)


兄からまともに扱われない事をいつも不満に思っている勝ち気な妹。文句ばかり言ってますが、成人してからも兄の事を「にぃにぃ様」と呼んでます。おそらく相当なファザコンなのでしょうね。


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スタジオジブリ・宮崎駿の映画「風立ちぬ」の公開日が迫ってまいりました!
風立ちぬ 映画


スタジオジブリ宮崎駿最新作風立ちぬ」の先行試写会が先立って行われ
アニメ業界人をはじめとするクリエイターが、ツイッターなどで感想をつぶやいてます。

風立ちぬ 先行試写会 感想 評価 評判 レビュー【業界人】


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業界人の評価に関しては、絶賛の嵐です。

樋口真嗣 @higuchishinji
風立ちぬ、観た。
もうヤバい。
あの日々の日本を、美しい航空機を、健気な女の子を愛し抜く映画。
原点にして頂点。
そして主役の声がまさかの大ストライク。内輪褒めではない。
魂を鷲掴みにされて揺さぶられて大号泣だよ!

恐らく最高の形で映像化された
「ニッポン飛行機野郎」である!とも言える。
風立ちぬ 感想

※映画監督。代表作「ローレライ」「ガメラ」「日本沈没」「のぼうの城」等。元ガイナックス。



「魂を揺さぶられた」と最大級の賛辞を惜しみなく。
もっとも彼は奥さんがジブリのスタッフ(ハーモニー処理をしている高屋法子) なので、多少ヨイショもあるかとは思いますが…

ちなみに樋口真嗣氏、「ヱヴァンゲリヲン新劇場版:序」で「ヤシマ作戦」部分の絵コンテを担当。



細田守 @hosodamamoru
「風立ちぬ」試写を観せていただきました。こんなにいい映画はいままでになく、そしてこれからもない、というくらい、いい映画でした。
風立ちぬ 感想

※アニメ監督。代表作「時をかける少女」「サマーウォーズ」「おおかみこどもの雨と雪」等。

ちなみにこの人も元々「ハウルの動く城」の監督にいったん就任し、制作がうまくいかずに降ろされた、という経緯があります。



神山健治 @kixyuubann
昨日は「風立ちぬ」。本日は「モンスターズ・ユニバーシティ」の試写を拝見した。素晴らしい作品を観ると胸が苦しくなる。( ̄ー ̄)yー.'
風立ちぬ 感想

※アニメ監督。代表作「009 RE:CYBORG」「攻殻機動隊 S.A.C.」「東のエデン」等。




岩崎太整 @taiseiiwasaki
そういやジブリの「風立ちぬ」がモノラルで作られている事が発表されたけど、
モノラルっつーのは本来音に集中させるのに最も適しているんです。
会話がメインのAM、音楽がメインのFM。
AMがモノラル放送なのはそういう側面もあるとか。
実際に聞き比べてみるとよく分かります。

モノラルを単なる拘りだとか、懐古主義的な意味合いで考えて
グッときているようなのはその本質を全く捉えてない証拠。
モノラルは音が悪い訳でも、弱いわけでもありませんよ。
アナログとデジタルの問題とごっちゃにしてるだけ。
あと映画館って別に音はよくありません。

※「モテキ」など映画音楽を手がける作曲家



正直、私は「飛行機のSEを人間の肉声でやる」という部分が非常にひっかかって心配していたんですが。
この評価を見る限り、そう言った要素も「いい方向」に作用しているように感じられますね。

期待できそうです。楽しみになってきました〜♪

叶 精二 @seijikanoh
「風立ちぬ」関係者試写、鑑賞を終えました。
一言で申し上げると、
サイドブレーキを引いたまま、
アクセル全開で断続的に疾走する
クラシックカーのような、壮烈な作品でした。

※特にジブリ作品に造詣が深いアニメ研究家



佐藤利明 @toshiakis
「風立ちぬ」は夢を見ること、すなわち生きること、についての映画。関東大震災から敗戦までの生きること自体が困難な時代に、懸命に生き抜いた主人公に、ただただ胸を打たれる。ジュラルミンの機体の美しさと、兵器であるがゆえの悲しさ。ラストシークエンスの素晴らしさ。

※映画・音楽評論家、音楽プロデューサー




辻 壮一 @g2studio
マスコミ試写で「風立ちぬ」を鑑賞。
宮崎さんがいろんなものをそぎおとした演出したのを初めて見た気がする。
映画として素晴らしい作品でした。
飛行機映画ではなく、物事に懸命に取り組む青年の話。

※音楽学者



復刊ドットコム編集部 @fukkan_editors
風立ちぬ、試写会で拝見。
宮崎監督が一気に若々しくなった。
ヒロインが時々クラリス似なのも懐かしく、
また、アニメーション表現の新鮮な濃密さには絶句。
庵野さんの声もよかったです。

個人的には、ここ数作で一番好きな宮崎作品になりました!

※「復刊ドットコム」は、絶版になった書籍を復刊させるオンライン書店



菅野祐悟 @yugokanno
もうね、一言じゃ言えないんだけどね。
庵野監督の声優っぷりがね。。もう見て!w
最高傑作!
ジブリファンとしてなんも言えねーw
これからのクリエイターは宮崎監督という存在に苦しみ、越えなければいけない業を背負わされてしまった。
試写会ご招待ありがとう。あと最低2回劇場でみます!

※作曲家・音楽プロデューサー





井上伸一郎 @HP0128
会社に着きました。昨夜は宮崎駿監督作品「風立ちぬ」を試写で観ましました。「大人の本気」を感じる映画でした。優れた青春映画であり、純愛映画であり、(劇中でそのような台詞はほとんどありませんが)反戦映画でした。いつかこの映画のしっぽでも掴まえられる映画をつくれたらと思いました。続>
主人公を演じた庵野秀明さん、ヒロインを演じた瀧本美織さんの抑制が効いた演技も作品に合っていました。主人公は「零戦」の堀越二郎をモデルに、ストーリィは堀辰雄の「風立ちぬ」を下敷きにしています。2冊とも角川文庫で出ていますので、映画を観る前に読んでいただけると、より面白く観られます。

※角川書店取締役社長



門間雄介 @yusukemonma
映画「風立ちぬ」試写。正直驚いた。宮崎駿の新作は、ゼロ戦の設計に情熱を燃やした堀越二郎の青春と恋を描く、いや何よりサイレント期〜40年代のメロドラマを観たかのような不思議な後味の残る、宮崎アニメ史上類を見ない感傷的で叙情的なラブストーリー。7月公開。

※ライター・編集者 元「CUT」副編集長





百田尚樹 @hyakutanaoki
先日、アニメ「風立ちぬ」の試写を観た。ラストで零戦が現れたとき、思わず声が出てしまった。そのあとの主人公のセリフに涙が出た。素晴らしいアニメだった。

※作家。代表作「永遠の0」「海賊とよばれた男」





紀里谷和明 @kazuaki_kiriya
「風立ちぬ」見せていただきました。見事としか言いようのない作品でした。ありがとうございました。

※映画監督。代表作「CASSHERN」「GOEMON」





宇野維正 @uno_kore
「風立ちぬ」。とにかくクラシック!そしてポエティック!その国で最も名前の知られている巨匠が、その国で
最も秀でた作品を生み出す。そういうことって、ありそうでなかなかないんだわ。「風立ちぬ」はまさにそんな作品。
もうやりたい放題だった

※音楽・映画ジャーナリスト




細川洋平 @pomihei
スタジオジブリ「風立ちぬ」試写に行ってきました。もう、なにも言う事はあるまい、とにかく何からなにまで想いの詰まった120分でした。

※アニメ関連のライター




中森明夫 @a_i_jp
圧巻!
震災から敗戦に至る日本人の矜持、
飛行への夢、技術者の志、純愛…あまりに美しい。
とはいえ思想的にはまったく弱点だらけ。
相当な批判が予想される。
主人公の純粋さ、美しさを際立たせるため、
戦闘機の設計者としてのみ描き
戦闘機=戦争の加害性を免罪したなど
そういう非難は覚悟の上で遺作にも
近い晩年の力作を撮ったこの国を代表する老マエストロに、
安直な批判を行うのはためらう。
それほどに『風立ちぬ』は美しく、そして脆弱だ。
まるでこの国そのもののように。
宮崎駿監督には後続世代として
思想的な課題を与えられたように思う

※コラムニスト、編集者




大塚隆史 @takaswy1981
ご縁があって、
宮崎駿監督の「風立ちぬ」の試写を見させてもらいました。
うまく言葉にできませんが、凄く素敵な映画でした。
是非、劇場で。
7/20(土)から公開です。

※アニメ演出家




土屋敏男 @TSUTIYA_ON_LINE
ジブリ新作「風立ちぬ」を試写で見たのだが、
これは間違いなくもう一度映画館で見る

※TVプロデューサー



佐渡島庸平 @sadycork
「風立ちぬ」が素晴らしすぎて、茫然としてる。
ストーリーテリングではなく、
非常に繊細な感情の描写の積み重ねで物語りが前へと進んでいく。
作品世界の中にトリップしてしまった。
宮崎アニメの最高傑作ではないか。

※講談社編集者



柳下修平 @cinemawith
『風立ちぬ』総括 "魅力と欠点"
あれこれ10本も記事書いたけれど言いたいことは要はこれ。
生きる糧の映画だよ。
http://buff.ly/15w3n4M

※映画ブロガー。リンク先の記事は中々分析が良いです。必読。



津田大介 @tsuda
今日ジブリ最新作『風立ちぬ』の試写見てきました。狂気は狂気、美しいものは美しいものとして静かに描き、清々しくも切なく、悲しい、だけどストレートに楽しめるエンターテイメント作品でした。最高傑作との呼び声も納得。ただ、男性と女性で評価が違う気もします。庵野秀明さんの声も良かったです。

※ジャーナリスト


風立ちぬ 先行試写会 感想 評価 評判 レビュー【一般人】


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以下は一般人のツイッター
まず、絶賛の評価から。

宮崎駿監督の遺言ともいわれる[風立ちぬ]を試写会でみた。見せ方が集大成でありつつ今の世の中に対する思いをセリフでズバズバと突き刺すように言わせてたのが観ている中でちょっと辛かった。でも、甘くてほんのり苦い要素が最後に泪を誘う。初めてジブリで泣いた。


昨日は「風立ちぬ」の試写会に行ってきました。とてもいい映画です。あれひとりで家で観たのだったら声だして号泣してたかも…ラスト2〜3分あたり?はそれくらい泣けました。(TДT)ネタバレしちゃいけないのでこのへんにしますが、野村萬斎さんの声はやっぱり好き!


風立ちぬの試写わず!
感動!
さいこーすぎた!

おれ、一番好きかも.

公開したらみにいこー!

ジブリ好きはぜひ!


風立ちぬ終わった。
めっちゃ感動した
説明しようがないけど、
是非観て欲しい
いや、観るべき
こういう映画めっちゃすきや
菜穂子さん美し過ぎ


風立ちぬの試写会行って来ました
大人向けジブリだったよ
面白かった


「風立ちぬ」観て来た。夢へと進む良い話。だけど凄く悲しい。大人なジブリでした。荒井由美とジブリは鉄板だな。うん。


風立ちぬ試写会わず。庵野監督大丈夫かぁ?wと思ってたけどめちゃくちゃ良い味出してる… 今までで一番好きなジブリ作品越えたかもしれない… 色々詰めこまれてたけど感動したわ… 駿さんやっぱりマジパナいっす!!


風立ちぬ観てきた!!何とも深く切ない近年のジブリらしい作品だった(*´∇`*)


チーフが見に行った「風立ちぬ」
・面白かった
・大人向け、高畑寄り、若者や子供には難しい
・恋愛がメイン、女性向け
・飛行機の音は人が出している
・庵野は意外と普通
・女性はみんな泣く
らしい


ジブリ最新作の『風立ちぬ』の予告を観たけど熱量がすごかったな〜。
戦闘機の墜落していくシーンの描写素晴らしいと思いました。はやく観たーい。


風立ちぬの先行試写会見てきました。
本当に考えさせられる作品でした。
ハンカチなしでは見れませんでした。

やっぱりジブリは
見るたび心が洗われるような気がします。



風立ちぬ 先行試写会 感想 評価 評判 レビュー【一般人・今ひとつ・駄作】


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以下は評価イマイチ
「風立ちぬ」見終わったなう。これほど意味の分からない映画は初めて見た。意味わからなさすぎて寝そうになった。もしくは逆か。理解がてきなかった、うん。


【風立ちぬ】の試写会わず!くっそ難しいwwwwwww 難しすぎるぜ宮崎駿wwwwwwwwwwwwww


おわたー!!

うん、うん。うん、風立ちぬね!
うん、って感じ!!ただで見れたからまあいっかな!(*^^*)(笑)


風立ちぬ終わったー 切なかった… 子供には難しい話かもなぁ。あといくら有名人がキャストや言うたってやっぱり素人が声優やったらあかんわ


風立ちぬの試写会見てきた!絵も内容もほんと綺麗…綺麗だった…大満足だった ただ主人公が庵野じゃなければ…


「風立ちぬ」を観ました、素晴らしい映画でした、ただ小さいお子さんには難しいと思いました、それから時代背景的にも親がしっかり熟慮してから観せた方が良いかもしれません


「風立ちぬ」素敵な映画でした。しかし、アニメであれだけべたべたなリアリズムをやるとは思わなかった。少なくとも子どもが観て楽しめる映画ではないと思うんだけどどうなんだろう。涙腺緩んだけど


風立ちぬ観てきた。近年のジブリアニメらしい感じ。子供にはちょっと難しいかな。長年働いてきたお父さん向け?淡々としてます。面白かったけど。


宮崎駿監督の「風立ちぬ」の試写会終了〜!隣のカップルの彼女さんの「話がわかんない…」がすべてだと思います…確かに。



いかがでしょうか?ネットの情報ですと「駄作」という評価で確定のように見られますが…意外とそんな事はないような?

風立ちぬ 先行試写会 感想 評価 評判 レビュー【Yahoo!映画レビューから】


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以下はYahoo!の映画レビューから拾ってみました。
ある意味、ここの評価が一番深いかも知れません。

力作。新境地。

今作を鑑賞し、改めてそのアニメ作家として、映画監督としての底力を感じることができて嬉しかったです。誰も及ばないイマジネーションの広がりはなくなったのかも知れませんが(作品の題材のせいもあるかも)、その分ドラマ作りの卓越さや繊細さが感じられた気がします。はっきりと大人向けの内容で、今までのジブリ作品のファンの中には受け入れられない方も多いかとは思いましたが、私はまだまだ枯れるどころか新境地を開いていく宮崎監督の創造力の力強さと、これからの作品への期待にワクワクしました。さらに、エンディングの「ひこうき雲」。まるでこの曲にインスパイアされて映画を作ったのかと思うほどのはまり方に感動しました。さすがユーミン、さすが宮崎監督。ただ、やはり声優のキャスティングはあまりにも残念、、、プロフェッショナルを抜擢して欲しかった、、、今までの作品でも「ん〜???」ということはありましたが、主役はやめて下さい。「もし、声が違ったら、、、」の残念感で満点がつけられないのがものすごく残念。


素晴らしかった

試写会で観させてもらいました。
宮崎監督のロックを感じました。

内容は、大人向けです。
そして小さい子供でも(物心ついてる年齢として)
この映画に何かちょっとでも感じられる子供は
志ある生き方ができるかもしれません。


夏の映画はエンターテイメント性重視で
そのとき誰かとその映画の時間を楽しめれば
それでいい、映画館を出て1日経ったら
さっぱり“忘れて”刹那的な楽しみ方できればいい
という人には、ちょっと向かないかもしれません。

エンターテイメント性ももちろん宮崎監督なので
追求していますが、それ以上に、監督が奥に抱えている
時代の捉え方やリアルな考え方が詰まっています。


また庵野さんの起用も良かったです。
声優・役者が、ばっちりとジブリアニメのキャラクター造形に
ハマった耳障りのいい演技をしてしまっては、ただの現実の歴史を
素材にした創作ファンタジー作品になっていたかもしれません。

たとえばラピュタは、創作であって現実じゃありません。
なので声優さんの演技が至極はまっていて
イマジネーション・ファンタジー作品として大変面白いです。

しかし風立ちぬの内容は、創作を超えた先に
現実を素材にした故の、嘘ではない大事なものが奥に詰まっています。
そこを感じさせたいという意図が、庵野さんの起用であり
そして実際見た上でもうまくそれが表現できていると思いました。

役者が上手く当ててしまっては
耳障りよく流れてしまいそうな言葉も、いい意味で
バタ臭く・泥臭い、キャラクターボイスではない
生々しい生きた人間の声としてこちらに伝わってきます。


また、音響も素晴らしかったです。
関東大震災のシーンの声SEのおどろおどろしさは
背筋に寒気すら感じるほどのおぞましさがあり
リアリズムの追求ばかりの昨今、音響も印象派な
使い方がなされていて素晴らしかったです。
これは映画館で見て体験するメリットの1つだと思いました。


『 飛行機は 美しい夢 ☆ 』

映画が 始まって、大空に ジブリの色が見えた時、
「うわぁ〜♪ ジブリの世界が 始まった〜♪」と
もう、ワクワクしてしまいました ☆

夢の世界から 大正時代の風景へ
夢と現実の色が
こんなにもはっきりと見えてくるのか…って思うくらい
やっぱり… 映像は 素晴らしい

『飛行機は 美しい夢』と
映画の中のセリフにもありましたが、
その夢は、ほんとに明るくて、楽しくて、
のびのびと描かれています


公開より ひと足早く、観せていただきました

試写会場に流れる ユーミンの「ひこうき雲」を聴いて、
学生時代を思い出しながら(笑)
入り口でいただいたチラシを読みました

そこには、
宮崎駿監督が、この作品をどう作りあげようとしたか
その「企画書」「映像についての覚書」なるものが
載っていて…

この映画の存在を知って、
詳しい情報を入れてはいなかったんですが
ここで、初めて 作品のことを詳しく知り、
監督の想いを 映像を通して、
共有していくことになりました

零戦の設計者 堀越二郎の物語です
そこに 「風立ちぬ」の作者 堀辰雄もことも入れて、
作り上げられた「二郎」と、
イタリアの飛行機設計家、カプローニ、
恋に落ちる菜穂子との物語が 描かれています

企画書に書かれていたこと

 この映画は戦争を糾弾しようというものではない。
 ゼロ戦の優秀さで
 日本の若者を鼓舞しようというものでもない。
 本当は民間機を作りたかったなどとかばう心算もない。

監督の想いを素直に受け取って観ていくと、
純粋に 空を飛ぶことに憧れ、夢を叶えていく
独創性と才能に秀でた二郎の生き様が 見えてきます

そして、菜穂子と二郎のふたりの初々しさも
切なく胸に響いてきて…

現実を分かっていても、そばにいたい… 触れていたい…と想う気持ち
手を繋いで… のシーンは、今 思い出しても
また、胸がきゅんとなってしまいます

これは、子どもたちへ…というより、
おとなの物語かもしれません

人生を積み重ねてきたからこそ、より深く
二郎や菜穂子の気持ちに寄り添い、
共感できるような気がしています

どちらかというと、淡々と進んでいくので、
正直、途中、たらーんと感じた時もありました
でも、その 淡々 の中に 見る側の気持ちが重なって
心に深く残っていく感じがします

最後のシーンを観たとき、
零戦に乗って、帰って来れなかった少年たちや
青年たちがいたことを思い出し、
二郎の人生の その周りの悲しい現実が見えてきて…
切ない気持ちで、胸が苦しくなってしまったけど、

ひとつの物語として、
いつまでも余韻が残る あたたかい作品だったと思います


気になったところ…を ちょっと付け加え

 *映画の中に出てきた 紙飛行機と 傘のシーン、
  ディズニーの短編アニメ
  「紙ひこうき」「ブルーアンブレラ」と
  ちょっと重なって見えてしまったのは…私だけ?(笑)

 *声優さんのことが 話題になってるみたいですが、
  全く予備知識なく観た私としては、
  何の違和感も感じなかったなぁ…と…


人の思いの最高点にある尊さ

試写会にて鑑賞させていただきました。
私は大変に感銘を受ける場面の多かった作品となりましたので、
みなさまのあまりのレビューの低さに驚きましてのレビューです。

映画を見終わり、家に帰るまでの記憶はあまりありません。
あまりに心に残るシーンが多く、そのひとつひとつを思い出しては
感動をしていたからです。

私にとっては、風の谷のナウシカの主人公であるナウシカのような、
人としての最高の徳、崇高さのようなものを、今回の映画では、何度も、小さな登場人物にまで感じたために
そのひとつひとつを思い出しては、思いを馳せるという事になりました。

貧しいにも関わらずほどこしをいらないと言う幼い姉弟
旅立ったなおこを追ってはいけないと妹に諭す婦人
愛する人に心配をかけまいと青ざめているだろう顔に紅をさす菜穂子
死に際まで一緒にではなく、キレイな時を見てもらいたいという菜緒子の思い
もう自分達には残された時間がないとわかっている二郎の奈緒子への思い

ひとつひとつが、ナウシカのラストシーンに匹敵するほど私には重く、
なにか言葉では表せないような尊さを感じたとしか言い表しようがありません。

たしかに、庵野さんの声優は棒読みで、それを気にしないように見るのは大変でした。
私もやはり、他の声優さんだったらよかったと思いましたし、音楽のいらないシーンで音楽が流れていることや、退屈に思う人もいるだろうシーンがつづくことも、もちろん上映中に感じていました。
周囲の観客の方々の退屈だという思いを遮断して映画に集中する必要がありましたし、監督はどうしてしまったのだろうと少し思いもしましたが、

構成や人をひきつける脚本力、また演技力というものを
もしかしたらそういうモノは全て必要ないのかもしれないとさえ思えるほどの、
宮崎監督の集大成である、人の美しさ、人の思いの最高点にある尊さを
ふんだんに見られたのではないかなと思っています。

ナウシカの美しさ、ナウシカの崇高さ、ナウシカの自己犠牲や愛といったものが
あまりにも繊細に、日常の中で、普通の人々によって行われておりましたので、
それを見られただけでも十分だった、ということになっています。

この映画はファンタジーにわくわくする映画でもなく、
構成やストーリーに引き込まれ胸打たれるものでもなく、
ただ小さな主人公達の思いの尊さに感動する映画なのではと感じています。


素人にはわからない良さ。

軍用機好きの私のつぼにはまり、涙が出ました。
あまり知らない人にはわからないこともあるかも。


良かった!

一足早く、試写会で観ました。
ここでの評価が酷いものもあったので、あまり期待しないで臨みましたが、
始めから古き良き日本の風景や二郎の夢の世界に釘付けに。
個人的にはやっぱり関東大震災や昔のリゾートホテルの様子やサナトリウムの風景が特に印象に残ってます。

庵野さんの声は確かに上手くはありませんが、
理系男子の不器用さとは妙にマッチしていて、
避難するほど酷いとも思いませんでした。

そしてエンディングの「ひこうき雲」は最高です。


風が吹き抜けた爽やかさ。傑作です。

運よく試写会で鑑賞できました。
傑作でした!

うまいこと書けないだろうから、感想はまだにしてました。
でも梅雨があけ、ここ数日続く快晴を見上げて
美しいけどなぜか少し空しくなる。この感情が風立ちぬを見終わった気持ちと
ぴったり重なるので自分の気持ちを書き表したくなりました。

私は永遠の0を読了し、堀越二郎氏に興味がありました。
この映画の中の二郎さんは、実在の堀越二郎ではありません。
『飛行機を作る』部分だけ借りてきていますが。
現実をはみ出さない領域でのファンタジーだと思います。


そう解釈していても、幼少期の二郎の
『僕は美しい飛行機を作りたいんです』という言葉に
すでに目頭が熱くなりました。

実在の堀越二郎氏だって、戦争に勝つためになんて思ってなかったのだと
思います。純粋に飛行機を作りたかった。
それなのに、名機ゼロは多くの若者を戦地へ送り出し、帰らせることができなかった。
そんな風に現実とリンクさせると胸がつまる。。

でも、そんな私の心情はよそに
映画は風のようにながれていきます。

淡々としていた、つまらない、という感想もわかります。
でも私はちっともつまらなくなかった。
そこはやはりジブリだからこそ。1つ1つのシーンが生きてます。

地震を擬人化したシーンなんか、
ジブリにしか出来ないんじゃないかなぁ。
日本が誇れるアニメーションだと、うれしくなり、鳥肌がたちました。
風が吹き抜けるシーン、菜穂子との結婚のしとやかなシーン。
ストーリーは淡々としてても、魅せてくれます。

(なにが違うのか言い表すのが難しいのですけど
宮崎吾朗氏の映画は、まだ人以外のシーンが生きてないと感じます。)


正直なところ、菜穂子のような女性は幻想です。
あんな美しくて強いひと、滅多といないでしょ。
…同性としてのやっかみです。笑
きっと男性側からしたら二郎やアシタカみたいな男だっていないよ、
って思っているのでしょうね。

いいんですアニメーションですから。

子供向けではないという意見があります。
それもそのはずです。
駿監督はアニメは子供のために作るものだという一貫した姿勢があったそうですが
風立ちぬは自分の作りたいものを作ったそうです。
だから子供には少し難しいかもしれません。

でも、だからといって、見せないほうがいいわけではないです。
その子が持つ感受性は計り知れない。
つまらないと思うかもしれないけど、それはその子が判断すること。

私は幼少期からジブリを見て育ちましたが
幼い自分が見たらどう思ったのだろうとドキドキします。
好きにはならないかもしれないけどきっとなにか心には残ったでしょう。


最後に声優さんについてですが。
庵野監督は棒読みです。普段吹き替えをタレントさんなんかがされてると
イライラするタイプの私です。
でもなぜか今回の庵野監督はハマっていました。
ちょっと不器用なところが合っているというか。。
そもそも駿監督が『自分が作りたいもの』を作ったんです。
合ってる合ってないじゃなく、これが作りたかった完成系なんでしょうから。
これが正解なんだと思います。

他の方々も皆いいです。滝本美織さんも本当に素敵でした。
宮崎駿監督、本当に素晴らしい映画をありとうございます。


風立ちぬ 観た

一番好きな宮崎作品


素直に

素敵
心の中を気持ちのよい風がはしり
心を洗われました。
ジブリのいずれの作品も好きですが こんな気分になれるのは初めてです。
素直にメッセージを受け止めれます。
またみたい
子供にも是非見せたい


洒落てるよ

洒落た話だよね。ジブリはあまりみないが、みんな頭が良く、処世術に長けたキャラばかりだね、新婚生活も甘酸っぱく描かれていたけど、ちょっと悲しかったよね


夢と愛を、教えてくれた。

幼くしても、分からないことはきっとあります。
ぼくも全てが分かった訳じゃありません。
けれども、伝えたいことは必ず伝わります。
この作品が教えてくれた、大人の良さ、そして

 夢と愛 を、忘れずに生きてゆきます。

     「いざ 生きめやも。」


いざ生きやめも

試写で見ました。率直な感想から言いますと。最高でした。宮崎駿監督最高傑作と言われるのも納得いきます。 ファンタジーがよかった いままでと違うからどうかな なんて言ってる方は見ないで結構。
 
見る前からどうなんだろうと思っていた堀越二郎役の庵野監督ですが、これがナイスキャスティングだと思いました。本職ではないのでところどころ うーん?という場面も御座いましたが主人公のキャラクター像とぴったりきて心地よかったです

風が運んで来て風に流れていくすばらしい映画でした。あと2回劇場で見たいです。

参考にならないレビューを最後まで御読み頂き有難うございました


夢と仕事と恋愛に真っ直ぐに生きた主人公

とにかく絵が美しく、動画の動きが宮崎駿にしか出来ない素晴らしさでした。
今回主人公がイケメンでヒロインが健気な美少女という設定はラピュタ以来じゃないかと
思います。映画前半はミリヲタ監督らしく、飛行機、夢、仕事の話が主軸
後半は恋と仕事、栄光と挫折そしてラストシーンへって感じです。

映画の中で「時間は10年だ力を尽くして生きなさい」という意味のセリフのやりとりが
夢のなかのカプローニさんとあります。
さらに持ち時間のないヒロインも精一杯愛に生きます。

限りある人生の時間を力を尽くして生きていってほしいというメッセージが込められた映画だと思いました。


風立ちぬを観て

今までの作品と比べて奥が深い作品だと感じました。理由は飛行機を造る事に熱中して、カプローニ伯爵とのやりとりが本人のやる気を出して、奈緒子さんとの出会いで、彼女が結核なってても、愛を貫いて行こうと決めながらも、奈緒子自身も自分の死を看取れたくないと感じて病院に戻って行って亡くなってしまって最後のシーンで会えた所は感動しました


風立ちぬ 先行試写会 感想 評価 評判 レビュー【Yahoo!映画レビュー・今ひとつ・駄作】


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以下はYahoo!の映画レビューでもイマイチの評価を集めてみました。

誰も庵野起用を止められなかった。

庵野自身は最初から誤ちを十分自覚していた。宮崎氏も声入れの時に起用の過ちに気づいていた。
鈴木Pは、駿氏と心中する覚悟しかなかった。裸の大様は最後まで庵野起用を貫いた。もし、ここに純真無垢な子供か、或いは自分の感覚に正直な女性がいたなら、きっと言うだろう!
「主役の声を入れ直しなさい、悪いこと言わないから」って。


声優が・・・

内容も声優もがっかりでした。特に庵野さんには本当にひどい。
映画に感情移入できるかどうか、声優さんの力って本当に重要なのに、これでぶち壊しです。
ポニョの時の所さんもそうだけど、何故声優としてはプロではない人を使うのかな〜。
庵野さんだってアニメ作ってる側の人だから声優の重要性は知ってるはず。
何があったのか知らないけど絶対断るべきでしょう。
徹夜とかで着彩してるアニメーターさんや他のスタッフたちに失礼です。
内容も・・・。宮崎さんには昔のルパンやラピュタ、紅の豚など血湧き肉踊る冒険活劇を作ってほしいなぁ〜。もう無理なのでしょうか?


声優選びに異議あり

早速主人公の声に非難囂々ですね。
やはりという感じですわ。
宮崎さんは、はっきり言って声優選びのセンスが全くありませんな。
なんで本職を使わないのだろう。理解に苦しむ。
トトロの糸井重里は何度観ても慣れないし、子供達も下手だね〜と嘲笑している始末。。。
ハウルの倍賞美津子もしかり。
声を聞いて声優の姿が浮かんでしまうのはマズいでしょう。
百歩譲って脇役なら許せます。しかし本作では、思いっきり主役でしょう。
監督も監督ですが、受けた庵野さんもどうかしている。
自分の才能の無さ(勿論声優に対しての)は十二分に承知しているはずなのに。
なぜ、周りが止めなかったのか。
鈴木さん、あなたは宮崎監督のイエスマンなのか!?



伝えたいことはわかるのですが…

久々の試写会は【風立ちぬ】、宮崎駿監督で期待度も大大大…
結果から言うと…「うぅ〜〜〜ん」
でも、エンドロール後、拍手がおきていました。これは、試写会では初めてです

何ていうのかな…まず、あらすじを聞くだけで、子供向けではないと思います
私の前の座席の方は小学生3人を連れてきていらっしゃいましたが、3人とも始まってぐに飽きてました
ジブリ映画は、子供も大人もワクワク・ドキドキするような映画を見たいです
始まりの映像はジブリらしい、映像でワクワクしました
夢の中の映像ですが、屋根の上から、飛行機(自家製?)に乗って飛び立ちます
宮崎監督、きっと「飛ぶ映像」が好きなんですね…

宮崎監督の描きたかったことは、よぉ〜〜くわかるのだけど…
きっと、昭和20年代の方には、ノスタルジック満載なんだろうな。。。
30年代生まれの私には、頭ではわかるけど実感として共感を覚えないっていう感想
二郎の夢である「飛行機の設計」と「菜穂子との恋」が同時進行で進み、ラストはポーンと時間を越えたところで終わります
「菜穂子との恋」は内容の中で省いても良かったのではないでしょうか?
そうすれば、もっとスッキリわかりやすく【飛行機に架ける夢】を描けたのでは?と、思います
むしろ、菜穂子は足手まといなのではないかと感じてしまいました
「男の夢」に女のわがままが介入したようで、ちょっとイライラしてしまいました
ラストにポーンと飛ぶまでに、もう少し二郎が設計した飛行機が「ゼロ戦」になっていく過程と苦悩を描いて欲しかったです
「一機も戻ってきませんでした」のひと言を聞き逃したら、何の意味も無くなってしまいます

あと、声優
皆さんの指摘が多い、二郎役の庵野秀明サン
最初の「よかったら、ここへどうぞ」と、汽車の中で女の人に席を譲るシーンで、コケタ(笑)
みなさんの不満が理解できました。。。 ちょっと、あんまりかも???
やっぱり、声優さんを使うべきだったのではないでしょうか…


やっぱり残念

さすがに幼児には難しいかもしれませんが一概に子供向けでないとは言いません。宮崎作品にしてはラブシーンもちゃんと書かれていましたが、清楚にまとまっています。逆に大人でも向いていない人もいると思いました。その時歴史が動いたとか、NHKスペシャルとかドキュメンタリドラマや飛行機が好きな人にはオススメの映画です。
地震のシーンや試作機の試運転等映像的に引き込まれる描写が多々有り、アニメーションとしての映像表現の美しさはファンタジー以外のところにも随所に存在していました。

反面、内容がリアルなため、ジブリらしい幻想的な部分はすべて二郎の夢のなかに反映されており、いささか唐突にも感じます。押井監督みたいに夢と現実の境界がドロっとした曖昧なものでもなく、うまく融合できていないので混沌とした不安感を味わうこともなくただ上滑りしている印象でした。
また、人が飛行機の効果音をやっていることも有り、あからさまにそれが分かる部分は正直辛かったです。プロペラのブルブルするところは画面の向こうで人が口を震わせているのが如実に想像できてしまうのでどうものめり込めませんでした。「ゴウン」と口で言っている効果音とか酷すぎて笑ってしまいました。(ストーリー上は全然おかしなシーンではない)

そして皆さん仰っていますが二郎の声…。
声絶賛してるのって、宮崎監督とか樋口さんとか日常的に庵野さんの声を聞いている人たちだけじゃないですか?
そりゃ人の声なんてキレイじゃなくてもずっと聞いてると慣れるし、演技も本職じゃない知人が頑張ってやってたら好意的にもなりますよ。
まず、少年時代の変声期前の生き生きした可愛い声から突然枯れたおっさんになる違和感…。庵野声一声目は誰が喋ってるか信じたくありませんでした。
くぐもっているし張りがないし、特に滑舌がいいわけでもないし。
聞いているうちに慣れるかと思いましたが最後まで無理でした。
周りの声に違和感を感じないだけに本当に残念です。
声だけだと上司より老けてるじゃないかー!もう棒でもなんでもいいからせめて歳相応にしてくださいよ。
倍賞美津子さんみたいに老若の声の使い分けとか求めないよ。素人だもの。
しかし百歩譲って妥協を重ねて二郎のぼんやりとした温和な感じを出したくてあんな朴訥な声を選んだのかと思ったら「早口・滑舌がいい・凛としている」というのが監督の評価ポイントとあって愕然としました。せめて声に合わせてもっとモッサリとしたビジュアルだったらここまで違和感もなかったろうに。
あれでOKになる辺り、宮崎さんの老いを感じられて悲しくなりました。
20代の時は10代を若いと思う、30代になったら20代までを若いと思う、年齢を重ねるとそういう線引がどんどん繰り上がっていきます。それでいくと70代だもの、、庵野さんの声でも問題ないと思えても仕方ないのかな…。

また、「自分の夢に忠実にまっすぐ進んだ人物を描きたいのである。」とありましたが、夢をまっすぐ追うことに焦点を当てすぎて潔すぎて、逆に二郎に血が通っていない印象も受けました。ここらへんも、演じる人が考えてやったらもっと魂の吹きこまれた主人公になったのではないでしょうか。感情輸入する前に違和感ばかりが先行してしまい残念でなりません。
庵野さんはエヴァの劇場版を凛とした声で指揮しててください。待ってます…。


ジブリは、本当にこれでいいの?

はっきり言ってアニメ向きではないし、ジブリの映画だからと子供を連れて行くとどうかと思います。テレビでこの映画を盛り上げようとしていますが、ジブリだから、宮崎駿監督作品だからと何でも大ヒットさせてしまう日本の国民性に疑問を感じます。


評価が低いレビューは「やっぱり庵野秀明の声がなー…」というのと「ジブリなのに子供向きじゃない」というものが多いようですね。


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そして、完成後の「風立ちぬ」を観た監督の宮崎駿、庵野秀明、主題歌担当の松任谷由実のことば(以下、「WalkersPlus」の記事より引用)。

宮崎監督が自分の作品を見て涙をしたのは初めてだったそうで、「情けない」と苦笑い。庵野も「号泣してました。宮さん、泣くんだ!と思って、僕はそれを見れて幸せでした」とコメント。松任谷も宮崎の感涙について「わあ、うらやましいなと。重みがありますね」と感動し、映画の感想について「我慢しても嗚咽が出てしまいました。素晴らしい作品に参加させていただき、本当に嬉しいです」と語った。

宮崎監督は庵野を「現代で一番傷つきながら生きている人」ということで主人公に抜擢したそうで「庵野に声をやってもらって本当に良かった」と感無量の様子。MCの中山秀征と、松任谷は「初夜のシーンがすごく良かった」と語ると、庵野は「自分はこんな感じだったと思い出しながらやってました。ラブシーンは恥ずかしいです。嫁に見せられない」と照れていた。

庵野は、『風の谷のナウシカ』(84)のクライマックスの巨神兵の原画を担当して以来、ずっと親交があったが、彼にとって宮崎監督とはどういう存在なのか?「宮さんには、いろいろと教えていただいた。それが僕にとって全てです。超える超えないとかは別として、アニメーションは、映画とは、こういうふうに作るんだという見本を示してくれた人。師匠です」と力強く語った。



「風立ちぬ」は、制作した監督自身も泣く映画のようですね。


しかも今回は「初夜」のシーンあり?!
主人公・堀越二郎と、ヒロイン・里見菜穂子が?
(たぶんソフト表現とは思いますが…)「SEXシーン」ありって事?!

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スタジオジブリ宮崎駿最新作「風立ちぬ」のネット通販最安値情報です。
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  • フィルムコミック 風立ちぬ(上) (アニメージュコミックス) (アニメージュコミックススペシャル)

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風立ちぬ 予告 映像 動画 スタジオジブリ 宮崎駿 最新作

風立ちぬ 予告 映像 動画 スタジオジブリ 宮崎駿 最新作

スタジオジブリ宮崎駿最新作風立ちぬ」の予告動画ですが、劇場で公開された4分間バージョンのものが上がってました。

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スタジオジブリ宮崎駿最新作風立ちぬ」の予告動画が公開されたようですが
探したら、動画ありました。



ごく短いものですが…

飛行機のSE等が人間の肉声だという話でしたが…
確かにそんな感じですが、大きな違和感はないですね。


posted by トトロ at 18:33 | Comment(0) | 風立ちぬ 予告 動画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

風立ちぬ 声優 庵野秀明 主人公 宮崎駿最新作

風立ちぬ 声優 庵野秀明 主人公に 宮崎駿最新作

スタジオジブリ宮崎駿監督の最新作「風立ちぬ」の主人公・堀越二郎声優
エヴァンゲリオン」の監督・庵野秀明氏が抜擢されたそうです。

マジかw

別に庵野秀明側が希望したわけではなく、監督の宮崎駿からの熱烈オファーなんだそうで…

宮崎駿が「風立ちぬ」の主人公声優庵野秀明氏を選んだ理由は
・早口である
・滑舌がよい
だそうですが

…そーゆー問題かw

庵野秀明が総監督の「ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q」ではスタジオジブリ名義で制作した「巨神兵 東京に現る」が同時公開され
4月に発売されたブルーレイ・DVDでは「映像特典」ではなく、完全に連続した一作品として収められています。



ちなみに庵野秀明は、若い頃宮崎駿監督の「風の谷のナウシカ」で作画(原画)を担当しましたが
宮崎監督にうまく乗せられて現場に引っ張り込まれ、最も難しかった「巨神兵が最後にドロドロに溶けるシーン」を担当させられて死ぬ思いをしたというエピソードがあり



それ以来、2人はつかず離れずの師弟関係を保っていましたが
「作品で組む」というのはそれ以来ではないでしょうか?
宮崎駿と庵野秀明 (ロマンアルバム アニメージュスペシャル)


スタジオジブリ作品は、「となりのトトロ」(糸井重里)以来、プロの声優ではなく俳優や素人を起用するケースが増えてますが
これは正直どうなんでしょう…


posted by トトロ at 08:44 | Comment(0) | 風立ちぬ 声優 庵野秀明 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

風立ちぬ 公開日 7月20日 宮崎駿 スタジオジブリ 鈴木プロデューサーがなぜか落書きで発表

風立ちぬ 公開日 7月20日 宮崎駿 スタジオジブリ 鈴木プロデューサーがなぜか落書きで発表





スタジオジブリ最新作風立ちぬ」の公開日が2013年7月20日に決定した…のか?
風立ちぬ 公開日

スタジオジブリの鈴木プロデューザーが、なぜか「風立ちぬ」ポスターにマジックで落書きして宣伝したようで
「大きな声では言えない」お忍び発表のようです(公式サイトには記述がありませんので)。

しかし今回はこの「風立ちぬ」と高畑勲の「かぐや姫の物語」の二本立て公開(「となりのトトロ」「火垂るの墓」以来25年ぶり)かと思われましたが
高畑勲監督がいつもの「遅れグセ」で2013年秋の公開に延期されたので、それは叶わず…
『となりのトトロ』&『火垂るの墓』2本立てブルーレイ特別セット (初回限定) [Blu-ray]



まぁ同時公開などは近年ありませんでしたのであきらめて、単独で宮崎駿監督の「風立ちぬ」を楽しみましょう!





posted by トトロ at 15:35 | Comment(0) | 風立ちぬ 公開日 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

風立ちぬ 宮崎駿 スタジオジブリ ポスター公開 画像 堀越二郎 堀辰雄

風立ちぬ 宮崎駿 スタジオジブリ ポスター公開 画像 堀越二郎 堀辰雄





スタジオジブリの最新作「風立ちぬ」のポスター画像が公開されました。



昭和初期らしき時代、キャンバスに絵を描く少女。


「堀越二郎と堀辰雄に敬意を表して。」とあります。


堀越二郎は明治36年生まれの航空技術者。第二次世界大戦で活躍したゼロ戦の開発に関わりました。


堀辰雄は堀越とほぼ同年代の小説家。「風立ちぬ」というタイトルの小説を発表しており、内容は「肺病で入れられていた療養所で少女と知り合う」というもので、おそらく今回の映画のタイトルと基本設定などはこの小説から着想を得たものと思われます。





しかし実は堀越二郎と堀辰雄に接点自体はないと思います。宮崎駿が、あの時代を描くために、「堀越二郎の半生を、堀辰雄に託して描く」という事なのでしょう。


宮崎駿・スタジオジブリの最新作「風立ちぬ」の公開は2013年夏の予定です。





posted by トトロ at 10:51 | Comment(1) | 宮崎駿 スタジオジブリ 最新作 画像 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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