風立ちぬ 堀辰雄 ほりたつお あらすじ ストーリー

風立ちぬ 堀辰雄 ほりたつお あらすじ ストーリー



スタジオジブリ宮崎駿の最新作「風立ちぬ」は、現実のゼロ戦設計者・堀越二郎の半生を描いた縦軸(ノンフィクション)の部分と
主人公が結核の少女と出会う恋愛小説(堀辰雄ほりたつお)の小説「風立ちぬ」)としての横軸(基本的にフィクション)の部分が、ミックスされた映画です。

それでは、横軸としてのフィクション・堀辰雄ほりたつお)「風立ちぬ」のあらすじは?どういう内容小説なのでしょうか?


主人公の名前は語られず、最初から最後まで、すべて「私」の一人称で物語は語られます。
「私」の職業は小説家らしく、明らかにモデルは堀辰雄自身と思われます。
結核の少女「節子」も実在の女性…
堀辰雄ほりたつお)の事実上の妻であり、婚約した約1年後に、小説と同じく結核でこの世を去った矢野綾子がモデルでしょう。


堀辰雄ほりたつお)「風立ちぬ」のあらすじ

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プロローグ(夏の避暑地の高原にて)



ある年の夏。「私」は、避暑地の高原で「節子」という美しい少女と出会っていた。
少女はカンバスに絵を描いていた。ひとときの逢瀬を楽しむ二人の間に、風が吹いた。



ふと「風立ちぬ いざ生きめやも(風が吹いた。私達は生きねばならない)」という詩が「私」の口をついて出る。


ある朝、森の中の散歩を楽しむ二人。節子は「父親は自分を離したがらない。私達はこれっきりになるのかもしれない」と不安を口にする。
「私」は「暮らしのめどが立てば、きっとお前を貰いに行くから…それまではお父さんの元にいるがいいよ」と誓う。


二・三日後、ホテルの食堂で節子は迎えに来た父親と共に、「私」に背を向けてぎこちなく知らぬ振りをしていた。
二人はホテルを発っていったが、ひとりになった「私」は節子への思いを再確認していた。



春(時は経過し、約2年後)




「私」は節子と婚約を果たしていたが、節子は結核を患っていた。


ある日、「私」は散歩のついでのような顔で節子の家を訪れていた。父親は節子の病状が思わしくないので、「私」と院長が知り合いであるFのサナトリウムへ入れたらどうだろうかと切り出す。私は父親の意図を察し、もしそうなるのなら自分もそれに同行すると約束する。節子へもそれを告げる。


妙に気弱になる節子。自分がこんな体のせいで、「私」に気の毒だと言うが、「それだからこそ愛しく思うのだよ」と。
節子「私、なんだか急に生きたくなったのね…」


二人は八ヶ岳山麓のサナトリウムへ発つ準備をしていた。そこの院長に父親も伴って節子の病状を診てもらったが、医者は明るく鷹揚な返事を返した。だが実は「私」には、医者から深刻な事実が突きつけられていた。「私」はひそかに泣いたが、節子はそれを気取り、自分の残り寿命に関して察したようだった。
節子「私達、これから本当に生きられるだけ生きましょうね…」


二人は汽車で八ヶ岳に発った。まだ雪の残る険しい山麓を汽車は登坂を続けた。やがて小さな駅に着き、出迎えた小使いに高原療養所へと案内される。貧しい村を抜けた先にあるサナトリウムでは、裏がすぐ雑木林になっている病棟2階の真っ白な部屋に案内された。ここが二人の住み処となる。




八ヶ岳の麓の療養所で、「私」と節子二人の奇妙な療養生活が始まった。しかし「私」が見せられた節子の病巣のレントゲン写真には、大きな黒い塊がくっきりと写っていた。院長は「ここまでひどくなっているとは…この病院で2番目くらいに重い患者かも知れない…」と告げる。私は病室に戻る時、17号室に随分ひどい症状の患者がいるのを見る。


「私」と節子の暮らしに変化があるとすれば、時折節子が熱を出すことくらいだった。節子はその度にじりじりと衰えていった。しかし病室の窓から見える、移ろいゆく山の自然は例えようもないほど美しく、「私」と節子は「ずっと後になって今の生活を思い出せば、どれだけ美しいだろう」と思った。しかし、ふいに節子が「そんなにいつまでも生きていられたらいいわね」と口走る。二人は気まずくなるが、「私」は「その自然を美しく思ったのは、自分ひとりだけでなく、私たち二人なのだ」と思い至り、それを恥ずかしいと感じる。





山の夏は平地よりもずっと強烈だった。サナトリウムの患者は増えていった。節子は暑さのために食欲をなくし、寝られない夜もあった。「私」は十七号室の患者の事が気になり、つとめて避けていたが、ある夜、病院全体が騒々しくなり、ただならぬ事が起こったようだった。二人は不安の夜を過ごす。





「私」は偶然、あの十七号室の付き添い看護婦が庭で花を摘んでいるのを見かけ、あの患者が逝ってしまった事を知る。病院で一番病状が重いらしい患者が亡くなった。…では次は?言いようのない不安に駆られる「私」。節子の顔もまともに見られない。


秋雨が数日続く。サナトリウムの患者もいつのまにか減り、病状の重い患者ばかりが取り残されていた。


そんな時、雑木林で神経衰弱の患者が首つり自殺するという事件が起こる。「私」の不安はいっそう大きくなる。


十月のある日、節子の父親から立ち寄るという知らせの手紙が届く。節子はうれしそうに目を輝かせたが、その体は痩せていた。


数日後、父がやってきたが、節子は医者から安静を命じられていた。父は病が治りかけていると思っていた自分の見込みが裏切られたことに、ひそかに落胆していた。しかし節子が興奮のあまり頬を紅潮させているのを「顔色はとてもいい」と褒め、同時に自分を納得させようとしていた。


「私」が気をきかせて席を外してから戻ってみると、節子は父が持ってきた彼女の好きだったらしい菓子などをベッドに広げ、それを「私」に見られてバツの悪そうにしていた。節子はまるで少女のようだった。それをからかうと彼女は「知らない」と顔を覆った。


父はサナトリウムを発つ直前、「私」と二人きりで話した。父は「ここの環境はあまり向いてないのでは?もう半年なのだから、少しは調子が良くなってよさそうだが…」しかし「私」にとっては、ここでの二人の孤独な環境は何物にも代えがたい幸福そのものだった。彼女は冬までここで過ごすつもりらしく、自分も共に過ごすつもりだと告げる。父は「ありがたい。なら、あなたもここで仕事をされたらどうか」と。「私」は自分があまりにも自分の仕事をほったらかしていた事を思いだした。

病室に戻ると、節子は今までにないひどい咳をしていた。少し血を吐いた。


節子は絶対安静が続いていた。「私」はつきっきりだったが、幸いにも危機は一週間ほどで立ち去った。節子は「今度もしお父様がいらしてもあんなに興奮せず、知らん顔をしてやるわ」といたずらっぽく微笑んだ。


「私」は節子に、これから少し仕事をするつもりだが、節子との日々のことを書くつもりだと打ち明ける。それ以外の事は考える事もできないし、二人のこうした日々のできごとを、もっと確実なものにしたいから。「私」は節子に「お前も協力してくれ。俺が仕事をする間、頭から足の先まで幸福になってもらいたいんだ…」と願いを告げる。


森をひとり歩きながら、物語を夢想する「私」。身の終わりを予覚しながらも快活にふるまう女主人公の物悲しい物語だった。恋人である男は彼女への愛を純粋なものにするため、病身の娘をサナトリウムに誘う。男はけんめいに介抱する。娘はそれを感謝しつつ死んでいく。まるで私達の身の上そのものを描こうとしていたが、「私」はその悲劇的な終わりまでを夢想してしまった事に恐怖と羞恥心を覚えていた。


病室に戻った「私」は、節子への罪悪感から、今の生活は自分の気まぐれに節子を巻き込んでいるのではないかと、心情を吐露する。節子は「あなたのお帰りが少し遅いだけで、私不安になってきたの…いつかあなた私にこう仰ったでしょう。私達のいまの生活、ずっとあとになって思い出したらどんなに美しいだろうって…」





「私」は昼間は私達の物語の執筆のため、サナトリウムを出て山々や森を歩きながら夢想にふけっていた。そんな日々の中でも節子の病は少しずつ重くなっていった。


ある日帰り道で、外に出て雑木林の外れにたたずむ節子の姿を見た。私達は一緒に八ヶ岳を眺めながら、「私」の胸の内には、二年前に山の麓から二人きりの暮らしを夢見ていたこと、散歩する時も節子の姿を見たいばかりに少し前を歩かせた思い出などが、いっぱいに溢れてきた。


「私」が、夜もせっせと私たちの幸福の物語を書き綴っていると、節子が寝顔でも「私はこうやってあなたのお側にいさえすればいい」と言いたくてたまらないように見え、幸せを感じずにはいられなくなる。


「私」は数年前から、こうして寂しい山岳地方で世間から隔絶され、愛しい女性と二人きりで暮らすことを夢見ていた。山小屋でのそのような暮らしを夢想し、それをそのまま書き残そうとしていた。


しかしそのような手前勝手な夢が、節子をこんな事に巻き込んでいるのではないか?と一種の後悔がまたもや頭をもたげてきた。


もう数日でノートを書き終えられそうだ。しかし「私」はどうしても結末を書くことができない。そして私たちの幸せはもう長くは続かないような気さえしていた。


ある月の晩に眠れないでいると、節子が後ろから「何を考えているの?」と問いかけてきた。「私」はどうしてもよい結末が思い浮かばない、お前も一緒に考えてくれないか?と持ちかけるが、節子は「だってどんなお話しなのか知らないんだもの」と。


ある日、節子は吐血する。院長命令で節子には付き添い看護婦がつき、「私」は隣の部屋に移らざるをえなかった。同じような部屋なのに、「私」は見知らぬ部屋にひとりいた。


「私」はほぼ完成間近のノートをほっぽり出していた。節子には物語の完成のためにしばらく別々に暮らした方がいいと告げていたが、物語に描いているような幸せの中にどうしても入っていけないのだった。


夜、窓の灯りに寄って来る蛾の生きてから死ぬまでさえが、「私」の不安をいっそうかき立てる。


そして


ある夕方、「私」と節子は二人きりでいた。節子はふいに「あら、お父様」といないはずの父親を見つける。それは窓から見える山影のことらしかった。いつも今時分、父の横顔に似た影ができるのだそうだ。「ああ、消えていくわ…」


「私」は「お前、家へ帰りたいのだろう?」と思わず口に出してしまう。
「ええ、なんだか帰りたくなっちゃったわ」と返す節子。「今の間だけ…こんな気持ちはじきに消えるわ」


突然、喉を絞めるような恐怖が「私」を襲ってきたー。
新潮日本文学 16 堀辰雄集 菜穂子 風立ちぬ ルウベンスの偽画 聖家族 他



エピローグ・死のかげの谷(時は経過して一年後の冬)




「私」は雪の降り積もる谷に小さな小屋を借りていた。ここを訪れる外人達は「幸福の谷」と言ってるようだが、こんな寂しく人影の絶えた場所は「私」には「死のかげの谷」であった。


「私」はここでやもめ暮らしを送るのだ。「私」はこんな山小屋で節子と二人きりで暮らすことを、どんなに夢見ていたことか…


夕方、村の娘に作らせた一人きりの侘びしい夕食を終えると、1年ぶりに手帳を開いた。
食事を終えてしまうと、色々と思いだしてしまう。ちょうど1年前の今頃、「私」はサナトリウムの周りで、電報で呼び寄せた節子の父の到着を待っていた。真夜中近くにやっと父は着いたが、「私」たちは憔悴しきった節子の顔をじっと見守っていた。


ベッドに横たわって、節子が不安げな目をこちらに向けてつぶやいた。「あなたの髪に雪がついているの…」



ある夕方、小さな教会の前を私が通りかかると、こんな冬なのに小使いらしい男がいたので話しかけてみた。そうするとそこのドイツ人神父がちょうど帰宅し、さすがに冬はミサに来る人間もほとんどいないので、と日曜の礼拝を約束させられてしまった。


日曜の朝にその教会を訪れてみると、信者は誰もいないものと思っていたのに、ドイツ人らしい黒ずくめの夫人が跪いていた。「私」はそっとその場を離れた。


夕方近くに「私」の家を訪ねてきた神父に再び翌日の約束をさせられたので、教会を訪ねた。松本へ発たねばならないとかで、せっかくこの村で一人信者を得ようとしているのに残念だ、と言うが、昨日の老婦人のことなのか「私」のことなのかはわからなかった。「こんな美しい空は、こういう風のある寒い日でなければ見られませんね」この言葉だけが妙に私の心に残った。


山小屋に戻ると、リルケの「レクイエム」が届いていた。それを読みふける「私」には、節子を静かに死なせることをせず、求めてやまなかった自分の心に対する後悔の念が沸き上がっていた。


村人によばれた寂しいクリスマスの帰り道、枯木林に迷い込んだ「私」はどこからともなく指してくる無数の光を見つけるが、それは近寄ると、このあたりでたった一軒灯りのついている時分の山小屋のものだった。ふいにこんな思いがよぎる「おれの人生の周りの明るさなんぞこれっぽっちだと思っているが、本当はおれの思っているよりもっともっとたくさんあるのだ。そういうものが何気なくおれを生かしておいてくれてるのかも知れない」


「節子、お前はほんとに何も求めずに、おれを愛してくれたんだな」


「こんな寂しい谷でも、住み慣れてしまえば『幸福の谷』と呼んでもいいような気がする位だ−」


堀辰雄の小説「風立ちぬ

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風立ちぬ」のあらすじは以上です。


それでは、堀辰雄の小説「風立ちぬ」と、宮崎駿の映画「風立ちぬ」の中の堀越二郎との関係は?
>風立ちぬ 堀辰雄 実在の妻 矢野綾子 節子 里見菜穂子 堀越二郎
>風立ちぬ 堀越二郎 実在のゼロ戦設計者と監督・宮崎駿、カプローニ




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