映画「風立ちぬ」に登場する結核治療。菜穂子が高原の療養所で屋外にベッドを並べて寝袋にくるまっているのはなぜ?




映画風立ちぬ」の後半。


結核で母親を亡くし、自身も結核にかかっているヒロイン・里見菜穂子ですが
喀血(血を吐く事)し、「一日も早く病気を治して、次郎さんの妻としてお側にいたい」という思いから、みずから高原療養所に入る事を決意します。



その治療風景の場面がありますが、山岳地帯の高度の高い療養所で、雪がちらつく屋外バルコニーベッドを並べ、芋虫のように厚着して寝袋にくるまっているという、今では考えられない治療方法が登場します。


結核というのは、昔は大流行し、国民病とまで言われるほど日本人の死因の上位を占めていました。現在は結核予防ワクチンなどもあり、仮にかかっても抗生物質などもありますが、当時はそういうものは一切なく、主に肺の病気として発症するので清浄な空気を吸うのがよい、とされるため、このような効果が見込めないような治療が行われていました。


結核療養所が平地より空気が清浄な高原にあるのはそのためですが、細菌により伝染する伝染病なので、「隔離する」という意味合いもありました。このように一旦かかると有効な治療法がなく、死亡率が高く、しかも伝染すると言う事で、非常に恐れられていました。


余談ですが、私の母の実家では、一つの家で結核で4人が亡くなっています。昔の事なので兄弟が十数人いたのですが、兄弟3人と母親が全員結核で死亡。近所の子供は母の家を前を通る時は、口と鼻をふさいでいたそうです。



つまり、当時は結核にかかるという事は、通常ほとんど「死」を意味する深刻な事態でした。今だとガン宣告されるようなものでしょうか。おまけに伝染する病気なので、映画「風立ちぬ」の中で二郎が菜穂子と何度もキスするのは、ぶっちゃけハラハラしました。そこも二郎という人間の人格なのでしょう。


いわゆる「サナトリウム文学」というのも、こういう中で生まれたものです。結核にかかるのはわりと若い人が多かったので、高原の美しい療養所の中で、若くして死にゆく恋人との物語。白樺林とかが似合いますね。堀辰雄の「風立ちぬ」というのは、まさにこの分野の代表的作品です。他には福永武彦などがいます。彼も自信が結核患者である体験を小説にしています。



ちなみにこの分野のルーツは、まさに映画の中で引用されているトーマス・マンの「魔の山」です。




なぜこれが文学の題材になったかというと、当時はちょうど日本が全面的に戦争をやっていた時期の前後であり、結核になった男は兵役からはじかれるんですね。要は、お国のために戦うレールから外れた非国民。一種の世捨て人。家が裕福なら、空気の良い高原の結核療養所に入る事ができましたので(入院費がべらぼうに高い)、そこで文学が生まれたわけです。



ちなみに堀辰雄と矢野綾子が入っていたのは「富士見高原療養所」という所ですが、堀辰雄の小説「風立ちぬ」のモデルともなっています。ジブリ映画「風立ちぬ」の中でもまさにここが舞台となり、看板が登場しますね。この富士見高原療養所は現在も「富士見高原病院」として存続しています。ここには竹久夢二、横溝正史なども入院していました。




posted by トトロ at 17:40 | Comment(0) | 風立ちぬ 結核治療 菜穂子 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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